「宇宙」と書いたら“そら”と読むけれど、「小宇宙」と書いたら“コスモ”と読まなければならない。「超電磁砲」は“レールガン”と読むべきだし、「禁書目録」は“インデックス”だ。こんなのは、日本で漫画・アニメに親しみながら生きている人間にとっては、義務教育レベルの基礎知識! こうした当て字文化の極北に位置する漫画、いやスナックが、列島の北端・北海道にあることをご存じだろうか?
酒の席は無礼講! 素面で言えない大人の子どもじみた言い訳てんこ盛り
スナック。そこは仕事で疲れた男たちが、ちょっとした羽根休めのために訪れる癒しの場……。美味しい料理が出るわけでもなければ、とびきり美人のお姉さんが接待をしてくれるわけでもない。ただ、どんな話でも親身になって聞いてくれるママと、そんなママに魅了された常連たちが集まり会話を交わすだけ……。作中の言葉を借りるなら、そこは“おじさんの保育園”……。
北海道の歓楽街の中心すすきの――から地下鉄で4駅ほど離れた北24条にある架空のスナック「バス江」を舞台に繰り広げられる、いい大人たちのしょうもない会話劇。それが、『スナックバス江』だ。
本作は、『テラフォーマーズ』(原作・貴家悠、画・橘 賢一/集英社)『キングダム』(原泰久/集英社)『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』(赤坂アカ/集英社)『GANTZ』(奥浩哉/集英社)『ゴールデンカムイ』(野田サトル/集英社))などなど、アニメ化にドラマ化、実写映画化と話題が尽きない作品を星の数ほど輩出しているあの「ヤングジャンプ」にて、なんと5年以上連載が続いている超人気ギャグマンガ。
……超人気作の割に、周囲で単行本を持っている人間が自分以外いないという不思議な作品ではあるのだが、とにかく、今となっては週刊誌で珍しい一話完結ギャグマンガとして、唯一無二の地位を確立している。
本作の主人公はスナックバス江で働くチーママの明美。過去の男に背負わされた借金を返済するため、年齢も過去も一切が不詳のバス江ママの下で、スナックを切り盛りしている。夜な夜な訪れる珍妙な酔客たちを、高度な会話テクニックで接客する……というわけでもなく、自分もその珍妙な会話+下ネタの輪に加わりながら、一緒になってのんべんだらりと世の中への不平不満、恨みつらみを述べ立てる。
例えるなら、事件も上昇志向もない『夜王』(作・倉科遼、画・井上紀良)!
基本的には、客も明美も屁理屈こねているだけなのだが、時折その屁理屈が一般社会では触れてはいけない本音・真実を端的に表してしまっているのが面白い所。
「クソい女とイイ女は紙一重」
「人を信じるということは……人のせいに出来るという事だから結構楽!」
「若いときに買ってでもしときゃ良かった苦労ってあるかもな……結婚とか……」
酒席を言い訳に、誰もが少しは思ったことがあるけれど決して口に出してはいけない真実を、あっけらかんと言い放ってしまうのがこの作品の凄い所だ。
迷惑だけど憎めない常連客に癖が強すぎて会話したくない一見客
場末も場末にあるスナックなので、訪れるのは常連ばかり。
常に体のどこかに異常を感じ、自分がおじさんになったことをしみじみ感じるものの、決して病院には通いたくないおじさん“タツにい”。
明美に惚れ連日スナックに通うものの、童貞であることをこじらせすぎてしまったため、金銭のやりとり抜きで女性と会話できなくなってしまった中年“森田”。
スナックを訪れ女性を口説くのかと思ったら、“ダグラス浜田”というインチキ作家が書いた啓蒙書の内容を実践しようとすることに躍起になる胡散臭い色黒“東”。
なんやかんやで店の雰囲気が気に入り定期的に通うようになった生真面目一辺倒の“山田”は、常識人枠のはずが、生真面目さが少し潔癖症に近いくらいまで悪化しており、実は常連の中でも一番闇が深い。
一見さんはより強烈なキャラクターが勢ぞろい。
スナックが異世界転生した際に、仲間を集める“あの酒場”と間違えて、バス江に迷い込んでしまった“勇者”。
全長10cm程度しかないグレイ型の“宇宙人”。
金は腐るほど持っているので、場末のスナックで人間の醜さを体感したいと一万円札を燃やしながら登場した“お金持ち”。
結婚前から嫁に浮気されており、明らかに日本人じゃない子どもが産まれたと明美に愚痴りにきた“おっさん”は、真正のNTR(寝取られ)好きだったため、特に問題なく一件落着。会話を聞いていたバイトの小雨ちゃんの「子供に罪はねぇからな?」のセリフが重い!
実は知的でクール! 遊び心満載のツッコミルビ芸が冴えわたる
本作では、キャラクターごとにボケとツッコミを固定するようなことがなく、会話の流れで役割分担していく構成になっている。登場人物全員が強烈な個性を持っているため、会話の激突が多く、自然とそうなってしまうのだ。あらゆる角度から放り込まれるボケに対して、その回のツッコミ役が、冷静かつ的確なワードセンスで拾っていくのが美しい。
そのような、ツッコミの中で、特に本作ならではの要素と感じるのが、冒頭で述べたような、「そうは読まないけれど、そう読んでもおかしくはない」と思わせてしまう「当て字を使ったフリガナ突っ込み」だ。ファンの間ではルビ芸などと呼ばれている。いくつかご紹介しよう。
・(スナックでメントスコーラを試そうとしている明美に対して)
「ユーは中坊?(読み:ユーチューボー?)」
・(結婚式の招待状の返信に間違えて句読点を打ってしまったミスを指摘され)
「マリッジブルー……!(読み:取り返しのつかない事を)」
・(通訳装置が壊れて会話が成立しなくなった宇宙人に)
「また言葉の壁が……(読み:バベルタワー)」
・(資産家の二代目に対する偏見を語る明美に)
「漫画みたいなドラ息子~♡(読み:コミックボンボン)」
・(店を訪れた常連に酒を出しながら)
「はい。ログインボーナス(読み:焼酎の水割り)」
理解するまでに、一定の時間を要する面白ルビ芸が、次から次へと飛び出してくるのだ。毎回毎回、よくもこのように状況に合った、知的な読み方を思いつくものだと感心する。
だがよくよく考えると、新しいあるあるネタや世の中へのちょっとした不満を毎週見つけ出すなんて、かなりの知的労働ではないだろうか。そう考えると、本作品はギャグマンガでありながら知的でクール!? さすが、対象年齢の高い青年誌の長期連載漫画!
まあ、全身モザイクをかけられた「誰かの男性器」が、ふらりと来店するという、下ネタの向こう側みたい話もあるんですけれど。
それでもいいじゃないですか。所詮、作中の出来事は場末のスナックの会話です。何の足しにもならないお馬鹿な会話を、だらだらとするのがスナックの本来の楽しみ方なのです。知能指数の高いギャグなんて本来必要ないのです。知能指数の高さに対しては、作中で明美さんもこう断言されています。
明美「何だかむかつくわ……! 私が高IQ団体の会員なら……ぶん殴っているところよ」
小雨「頭使えよ」
お後がよろしいようで。