“神”の手で時間線が異なる世界へと転生させられ、金髪碧眼の幼女に生まれ変わったエリートが、軍人となって魔術が兵器化された世界大戦に臨む物語『幼女戦記』。かつての第二次世界大戦・欧州戦線をモチーフに、人間兵器化した“幼女”ヒロインが戦争の真実を生々しく描き出す様は、良くも悪くも読み手を選ぶ作風かもしれない。
転生先は魔法が兵器化した異なる時間の世界線
「わたしは天才どもには比肩できず 努力で秀才たちに及ばず 人格は歪んでいる」
「しかし この目の前で喚く無能よりはマシだ」
主人公は、自らが生き残るためには他人を蹴落とすことも厭わなかったエリートサラリーマン。が、その生き様が恨みを買い、彼は駅のホームから電車の前に突き落とされてしまう。
突然の死、そして転生? 金髪碧眼の幼女に生まれ変わった彼は、第二次世界大戦・欧州戦線を彷彿させる最前線で、敵と戦う運命に……。それも、魔力で空を飛ぶ“魔導士”兵として。
これだけでも滅茶苦茶な初期設定なのだが、あり得ない展開は更に追い討ちをかけてくる。
「非科学的な世界で 女に生まれ 戦争を知り 追いつめられるがよい!」
そう、彼の転生は“神”(物語上は“存在X”)による罰。転生世界でも保身に手を尽くす姿をあざ笑うかのように、神は彼(彼女)を過酷な運命へと導いていく。
「戦争がわたしに立身出世の好機をプレゼントしてくれる!」
「ラッピングして ご丁寧にリボンなんかもつけて!!」
「勝てる戦争で!! 勝てる軍隊で!! 安全な空から敵を叩いて昇進するだけの簡単なお仕事!!」
などと考えた彼の目論見は崩れ、最前線で命がけの戦いを強いられることに……。
戦争の生々しい真実が心に突き刺さる
戦争をラッピングするリボンは、敵兵の命。敵兵一人を殺すごとにリボンが増え、ラッピングは豪華になっていく。銃弾に兵士が倒れ、砲弾で身体が四散する戦地の現実と、兵士をひとつのコマとしか考えていない軍上層部。戦争の非情さ、冷徹さ、むごさが容赦なく描かれる様には、思わず目をそむけたくなることも……。
金髪碧眼の幼女を通じた違和感が相乗効果を生み出すのか、生々しい真実がいっそうリアルに、読者の心に突き刺さる。
転生後の主人公、ターニャ・デグレチャフは、欺瞞と矛盾に満ちた戦時下の“帝国”で、生き残りを賭けて最前線へと赴く。その姿は鬼神そのもので、敵国からは“ラインの悪魔”と呼ばれる。
一方、信頼できる部下との交流など、ホッとするような(=コミカルな)描写も織り込まれる。悪魔と敵味方双方から恐れられるターニャが時折見せる優しさ、戦争という極限状態で生まれる人間ドラマ、存在Xによる虐めとしか思えない運命……。あらゆる要素が次から次へと急転直下で降りかかり、そのジェットコースター展開に、読者は休息の間すら与えてもらえない。
この麻痺感は、コマ割りが細かく、コマ当たりのテキスト量が異様に多いことでも増幅される。原作小説(KADOKAWA)がかなり強烈なクセを持つだけに、コミック版でオブラートに包むにも限界があるのだろう。
(その突出した作風は、放送コード限界ギリギリだったと思われるアニメ版が可愛く思えてしまうほど……)
金髪碧眼の幼女が人間の本質を抉り出す
主人公の名前や“ラインの悪魔”の通称、“砂漠の狐”を彷彿させる“南方戦線”の将などを見ても、作品のモチーフが第二次世界大戦・欧州戦線で、舞台となる“帝国”が“あの国”なことは明らか。
さらに戦いが世界大戦へと拡大し、もうひとつの“あの国”が敵国化すると、「共産主義という人口のウイルス」「邪悪なる共産主義のアカ共」といった過激な表現も散見されるように……。
人間と国家は、主義主張のもと、なぜ戦争という手段を選択するのか。“帝国”と各国との戦いにはすべて背景があるため、物語が訴えかけてくる人類概念に、読み手は真正面から向き合わねければならない。
ターニャなど登場人物の心理描写や、精神的な背景だけを切り取っても、本作品の特異性が見えてくる。
「避けられる悲劇は避けたい 自由主義世界の未来がかかっているのだ」
「銃を取れ!! 宝珠を握りしめろ!! 私の豊かな生活がかかっているのだ!!」
珍しく1ページの大コマで、鬼気迫る(=狂気じみた)笑顔を浮かべながら「こんにちは 死ねーッ!!」と戦闘に突っ込むターニャ。彼女が言い放つメッセージは、すべて本音だ。その姿は、生々しすぎるほど人間の本質を抉り出す。こうした作風に付いてこられる読者でなければ、本作とはまともに対峙できないだろう。
ちなみに、第二次世界大戦、それも欧州戦線の戦記に詳しいほど、本作品の世界観はリアルさを伴うに違いない。主人公の出世と野心を歴史背景にリンクさせ、戦争の意味を問うスタイルは、『銀河英雄伝説』(田中芳樹/徳間書店)とも相通じるものがありそうだ。
が、かつての大戦の背景を知らないほうが、物語を素直に楽しめて幸せかもしれない……とは、同作ですら思わせなかったこと。『幼女戦記』の根底に流れる、戦争観の重さがそう感じさせるのだとすれば、しばし絶句しかける読後感も納得できるのだが……。