『adabana-徒花-』—通しで読めば猟奇殺人事件がガラリと変容。少女たちを取り巻く環境が生んだ悲劇の物語

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『adabana-徒花-』(NON/集英社)

※ややネタバレあり

目次

さまざまな社会問題が絡み合う、悲しくも虚しい未成年犯罪

環境に恵まれず、誰にも見えないところで苦しみ続ける子供たち。そんな子供たちを本当の意味で助けることなどできるのだろうか。

「正しさ」とは一体何なのか。

『adabana-徒花-』は、さまざまな社会問題について深く考えさせられる作品である。ある田舎町で起きた女子高生による同級生の殺害・死体遺棄事件。男性を巡る単純な事件にも思えたが、その真相は複雑でひどく哀しいものだった。上・中・下の3巻からなる本作は、加害者と被害者、主人公の立場が替わることでまるで異なる真実を見せる。

上巻の主人公・藍川美月は、親友を守るため、自分を救おうとする大人たちを巻き込み盛大な嘘をつく。美月はただ親友の尊厳を守りたい、ただその一心で一度たりとも自分を顧みることはない。美月の親友だった被害者・五十嵐真子はさまざまな問題を抱えていた。貧しい家庭環境、性的虐待、ストーカー被害。それら全てを抱え込み、一人耐え、常に笑顔でいた。真子の周囲に頼れる大人はおらず、その異変に周囲も気付くことができなかった。悪質性を増すストーカー被害を警察に訴えても、実害がないため手を差し伸べてもらえなかった。

事件が起きた後、ニュースでは簡単に「周囲の大人たちが気付いてあげられれば」などと言う。気付いたところで、彼女のような子供たちに何をしてあげられるだろう。哀しい結末を生まないために、私たちに何ができるだろう。

本作のような事件は、現実でも確かに起きている。大人になった私たちは、今一度子供たちのために何ができるかを真剣に考えなくてはなるまい。

山形県の小さな村で、女子高生・五十嵐真子の切断された手首が発見された。

警察に自首してきたのは、同級生の藍川美月。美月は淡々と自供を始めるが、弁護を担当することになった国選弁護人の辻豊はある違和感を覚えていた。美月の供述とは異なる、真子視点による事件の真相。そこには、お互いを守らんとする少女たちの切なくも苦しい秘密が隠されていた。なぜ事件は起きたのか、自らを犠牲にしてまで守り抜きたい秘密とは……。

著:NON
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過酷な環境から子供たちを守るには――社会が向き合うべき重たい問い

とにかく、美しい作画に目を奪われる。至る描写に瑞々しさがあり、思わず引き込まれる生々しさに溢れている。特に多感な少女たちや性を搾取せんとするおぞましい男たちの表情は素晴らしく、圧倒される。

ストーリー展開もスムーズで淀みがない。美月が真子のために何をしたのか、上巻で語られる物語とはまるで違った姿を見せる中巻以降。構成も実によく出来ていて、彼女たちの抱える問題がいかに複雑で難しいものかがよく分かる。

真子は自分の叔父に襲われそうになっている美月を見て、美月に覆いかぶさる叔父を衝動的に殺害してしまう。“絶対悪”であろうと、人を殺してはいけない。暴力を使えば、その拳や返り血、悪に触れたところから蝕まれ、自分もまた同じ悪になってしまうからだ。だが、考えも未熟で体力もない子供たちが、絶体絶命の危機に陥ったらどうするのが正解なのだろう。助けは来ないし、生半可な気持ちでは現状を打破できない。必死に抵抗するのは当然のことである。問題はその後だ。その状況下で正しい行いをしたのであれば、その正当性を訴えねばならない。隠したところで未来はないし、正しいはずの行いすら悪になってしまう。さらに、正常な心の持ち主であれば、未来永劫罪悪感に苛まれることになるだろう。

まだ幼い少女たちは互いの尊厳を守りたかった。正当性を語るにあたり、隠したい秘密を明るみにしたくはなかった。彼女たちにとっては、隠蔽の共有こそが正解だった。問題なのは、頼るべき大人の不在だ。子供たちを気にかけ、愛してくれる保護者の不在だ。どうすれば事件を未然に防げたか、真の正解は分からない。

真子の叔父や父親同様、真子を苦しめた彼女のかつての恋人・暁裕樹に復讐するため、死体損壊に手を染めた美月。真子の頭と手首を切り離した理由を知った時、自然と涙が込み上げる。明かされる事件の真相はどこまでも救いがなく、虚しさだけが残る。美月は確かに秘密を守り抜き、自分なりの復讐を果たした。結末は果てしなく哀しい。ただひとつ言えるのは、美月を守りたかった真子にとって、美月の判断は正しいものではないということだ。

「正しさ」とは何か。自分なら何ができたか。私たち大人にできることは、現実にある問題から目を逸らさず、考え続けることだ。

本当の「正しさ」とは何かを考えるきっかけになる傑作漫画

『adabana-徒花-』は、NON氏による、猟奇的な殺人事件に隠された哀しき真実と少女たちの秘密を描いたサスペンス漫画である。月2回発刊の青年漫画雑誌「グランドジャンプ」(集英社)にて2020〜21年まで連載、完結済み、全3巻。

正義とは何か、悪とは何かを考えさせられる重厚な作品。

同じ年代の子供が読めば、美月と真子は正しいと考えるのかもしれない。なぜ2人の行いが間違っているのか、他にどうすることができたか、それを教えるのが大人の役割なのだろう。一見“普通”に見える美月もまた、“毒親”に侵され、その親によって兄を亡くすという辛い過去を背負っている。人は見た目だけでは分からない。だからこそ、注意深く寄り添う必要がある。大人たちの何気ない優しさが子供の心を溶かし、事件を未然に防ぐことに繋がると、筆者は思いたい。

心にずしんとくる重みがあるので、気軽にサクッとは読めないかもしれないが、今私たちの社会で何が起きているのか、それを知るためにも読んでみてもらいたい。

子供たちのために考えること、それだけでも積み重なって大きくなれば、いずれ何かの力になるかもしれない。あなたにとっての「正しさ」とは何だろう。その問いに向き合ってみてほしい。

著:NON
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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