2023年1月からテレビ東京系列で放送されたアニメ版も好評だった、女子高生版青春柔道スクールライフを描く『もういっぽん!』。特別でも何でもない、柔道着をまとったフツーの女子たちが彩る青春物語は、ひとことでいうなら「気持ちいい!」。従来の柔道漫画にはなかった気持ちよさが、とても新鮮なのです。
柔道は大変だけれど「いっぽん!」が気持ちいい
新・高校1年生の主人公=ヒロイン・園田未知は、もともと「(柔道をやっていた兄の)道着のお古が使えて便利だから」との理由で柔道を始めた。
夏に日焼けすると道着が擦れて痛いし、寝技で髪の毛が抜けまくるし、冬の寒稽古は辛いし、鼻血は出るし、骨折するし、失神するし、「柔道なんて、もうやらない。高校では甘酸っぱい3年間を送るんだ」「あーでも家から近くて寝坊できる学校がいい」と、ごくフツーの学校・埼玉県立青葉西高校に入学した彼女は、親友や幼馴染みの応援、ライバルとの出会いなどから再び柔道を始め、1年生だけで廃部寸前だった柔道部を復活させます。 作品タイトルの“いっぽん!”は、もちろん一本勝ちのそれ。ひたすら一本=気持ちいいことを目指して柔道を楽しむ未知の前向きさ、元気いっぱいな明るさ、素直さが、本作の核となります。そんな彼女の成長を見ているこちらまで、いつの間にか気持ちよくなってしまう物語が『もういっぽん!』なのです。
王道スポーツ漫画と青春群像劇の両立が生み出す気持ちよさ
物語は青西こと青葉西高の快進撃で進みますが、従来のスポ根系・柔道作品とは大きく異なる点も。学校が無名なら、選手も無名。女子柔道漫画のバイブルでもある『YAWARA!』(浦沢直樹/小学館)のヒロイン・猪熊柔など、英才教育を受けた天才柔道少女は登場しません。
天性の柔軟性を持つ未知は、小4の時に林間学校のリンボーダンスで、40センチをノリノリでクリアしたような残念な子(笑)。中学時代に全国大会出場経験もありながら、シャイな性格で自身の力を発揮しきれない永遠など、ヒロインはまだまだ未知数のコたちばかりで。
運動部の部活群像劇テイストとしては、薙刀を題材にした『あさひなぐ』(こざき亜衣/小学館)などのほうが近いかもしれません。特殊な世界観が表に出てきがちな武道系作品では、むしろ特殊な立ち位置だとも?
ちなみに、ヒロイン・未知の階級は最軽量クラスの女子48kg級。『YAWARA!』の猪熊柔も、オリンピックを連覇した「ヤワラちゃん」こと谷亮子選手も同じ階級なので、小柄な女のコが大きな相手に立ち向かう姿には共通点も感じられます。
また、無名集団の快進撃を描く様には、男子野球漫画の名作『キャプテン』『プレイボール』(いずれもちばあきお/集英社)などを思い起こさせる一面も。
ただ、そこに「勝つことがすべて」な勝利至上主義や、“成り上がり”や“アメリカンドリーム”的な概念が存在しないことも、従来のスポ根系作品とは大きく異なる点でしょう。
登場人物たち各々の向上心や、勝ちたい想いは、彼女たちが思い描く青春感の裏返し。だからこそ、「もっと気持ちよくなりたい!」想いがリアルに伝わってくるわけで。
スポーツ漫画らしい王道スタイルと、爽やかで優しい青春群像劇。そんな矛盾するテイストの両立が、『もういっぽん!』の気持ちよさを生み出しているのかもしれません。
等身大のリアルな青春感だからこそ応援したくなる
一方、女のコ主人公作品にありがちな恋愛模様が微塵もなく、キャラクターの女性的な体形表現が控えめなことも、本作らしい特色かと。あり得ない等身や体型の美少女像が当たり前になりつつある昨今、ここに登場するフツーのコたちは、むしろ可愛くて愛すべき存在に感じられたり。
個人的には、柔道部を一人で支えてきたものの、諦めて引退状態だった唯一の先輩部員・姫ちゃんこと姫野紬が愛らしく。物語前半に卒業してしまうのは残念ですが、やがて妹の梢が入学・入部してくるので、姫ちゃんファンの方はご安心を(笑)。
あくまで脇役の姫ちゃんが魅力的だったように、本作では、登場キャラひとりひとりの心情が丁寧に描かれていきます。ときに間延び感も拭えませんが、だからこそ青春感がリアルに感じられるのだと、納得しながら読み進められるでしょう。
知らず知らずのうちに彼女たちを応援する気持ちが強まり、作品への思い入れにも繋がっていく好循環。それを実感できる作品って、やっぱり面白いんですよ。
未知たちが上級生に進級し、本気で全国を目指すようになる物語中盤からは、大会での柔道(試合)シーンが増えていきます。柔道競技の臨場感や力感、場の熱量など、自身も柔道経験者な作者の本領が如何なく発揮されるので、王道系スポーツ漫画の魅力も堪能できるはずですよ。