連載開始から約10年を経た長寿作品『魔法使いの嫁』は、“人ならざるもの”を見聞きできる能力から孤独に生きてきた少女が、魔法使いに買われて弟子&嫁となるダークファンタジー。2期に渡るアニメ化も好評な作品が醸し出す、特異な世界観を探ってみましょう。
『ハリー・ポッター』シリーズや『指輪物語』の世界観
物語の基本設定は、魔法や妖精が当たり前に存在する架空世界。といっても、いわゆる異世界モノとは様相が異なる、きわめて現実世界に近い世界観……と考えてもらったほうがよいでしょう。架空のヨーロッパの物語だといわれれば、さほど違和感なく受け入れられるような。
舞台背景はイギリス・イングランドの農村地帯で、近世(現代ではない)初期~中期の欧州文化をイメージすれば、よいかもしれません。
作者は『ハリー・ポッター』シリーズを愛読していたそうなので、ブリテン諸島(グレートブリテン島=イギリスと、アイルランド島や周辺の島々)に残る伝承や伝説が、作品背景に感じられる点も納得。『ハリー・ポッター』シリーズを読まれた方なら、「あ、なるほど」と思わせられる側面も少なくないかと。
また、魔術奇譚が深く描かれる世界観には『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)的な要素も感じられます。さまざまな英国ファンタジーの影響が、色濃く感じられることは確かでしょう。
裏を返せば、良くも悪くも読者を選び、幅広い層を迎え入れる親切さには欠ける一面も……。逆に、ハマる人はとことんハマる作品ではないかと(筆者もその一人)。
ダークファンタジー色で彩られた群像劇
ヒロイン・羽鳥智世(チセ)は、魔法使いとして相当な潜在能力を秘めた15歳。魔物や妖精など“人ならざるもの”を見聞きできる能力が原因で、家族や親族から見捨てられた少女です。
生きることに何の希望も見出せずにいた彼女が、(この世界では合法らしい)人身売買で異形の魔法使い・エリアスに弟子として買われたところから物語は始まります。“弟子”が“妻”や“嫁”の意味も持ち、その認識が人間のチセと魔法使いのエリアスで異なることから、物語は混迷していくのですが……それはまだ先の話。
魔物や妖精を寄せつけやすい体質“スレイ・ベガ”(夜の愛し仔)を持つチセは、次から次へとトラブルやアクシデントに見舞われます。そこでさまざまな出会い&経験を積み重ね、魔界の常識をわかっていなかった人間・チセ、人間のことをよく知らなかった魔法使い・エリアスが、それぞれに成長していく。破天荒でおぞましく、物悲しいファンタジーでもある魔性世界の奇譚劇が、主人公たちの群像劇にもなっていくわけです。
ちなみに“スレイ・ベガ”は、イギリス・マン島に残る妖精伝承が元ネタだそう。
当初はエリアス=大人、チセ=子ども的だった世界観が、いつの間にかエリアス=未熟な大人、チセ=各種才能に卓越した少女と、逆転現象を見せ始める様も面白いところ。接点がなさそうに思えた2つの異形が、いつの間にか同期し、ともに歩み始めていく。ダークファンタジー要素が噛み合わなそうで噛み合う不思議さは、本作ならではの魅力でしょう。
箱庭的な閉塞感が味わい深い世界観
一方、設定や背景が壮大な分、物語の進展は遅々として……と感じられる一面も。良くも悪くもマッグガーデン連載作品らしい深みを、じっくりと感じながら読み進める作品でしょう。
漫画としては、1コマ当たりの文字量(多い!)、絵画的で絵本のようなデッサン&背景(基本画力は高め)、コマ割りの唐突さ(繋ぎ的なコマを敢えて削る?)など、かなり異端な作品ともいえそうです。
1エピソードあたりの濃密さは読み疲れるほど(=心地よい疲れ)ながら、長期的なエピソード感=ストーリーの起伏に欠ける面も見受けられます。連載作品が読者離れを起こさせないための、パンチ力も不足気味。そうした意味では、小説に近いコミックだとも?
主人公ふたりと、コミックス第2~3巻でチセの使い魔となるルツ(墓守犬=チャーチ・グリム)がストーリーテラーになる物語中盤までは、密室的な閉塞感が漂います。その箱庭的で特異な世界観もまた、本作品らしい味わい深さなのかもしれません。
ちなみに墓守犬も、イギリスに残る妖精伝承「ブラックドッグ」が元になっているようです。チセがカレッジ(魔術学院)に入学し、エリアスも学院の特別講師となるコミックス第10巻(アニメでは第2期)あたりから、物語は新展開を見せ始めます。そこでは、9巻までが壮大な序章であったかのような、さらに闇深い物語が進行していくわけで……。
そんな学院編が完結したコミックス第19巻(2023年3月発売)で、本作は休載が発表されています。これまでにも何度かありましたが、今回は最長1年ほどだった過去の休載期間を上回りそうな……? 物語的には大きな節目だけに、新たに読み始めて追いつくには、今が最適なタイミングかもしれませんね。