『オナ禁エスパー 竜丸短編集』男は「オナ禁」によって“超能力”を得る――青臭い衝動から生まれるもの

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『オナ禁エスパー 竜丸短編集』(竜丸/集英社)
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「男のオナニーに理由はありませんよ」性欲、そして超能力……思春期は規格外

「君 凄まじいな。一晩の禁欲で壁に穴 開けるなんてさ」。男性が自慰を断った時に訪れる疲労感の消失や根拠のない無敵感、短距離のテレポーテーションや数秒間の浮遊などは、自慰行為の我慢、「オナ禁」によって得た“超能力”によるものである――。大学生の姉が類友と酒を招いた自室で筆舌に尽くし難い禁欲の一夜を過ごし、壁に穴を開けてしまった普通の男子中学二年生・益田辺心温(ますたべ・しおん)のもとに、ダウナーな雰囲気の女性・雪村町音が現れた。

そういった超能力を研究する組織の一員だという町音は、分かりやすく規格外の超能力を持つことを示した心温に協力を要請。心温はだらしない座り方で際どくなっている町音のスカートの裾に“何か気持ち悪い”視線を送りつつ話を引き受ける。かくして、心温は超能力の仔細を調べるべく町音から「オナ禁」を強いられるが、男子中学生の性欲の前に調査は難航する。しかし、そこに心温の引き渡しを求める人物が現れ、物語は急展開を見せる。

「オナ禁」の“定説”を壮大なSFに昇華 下ネタに隠れた熱さ、まさかの感動

ユダの三人の息子のうち、次男オナンは、長男の死によって血を絶やさないため、残されたその妻と子をなす務めを負う。しかし、オナンはその命に背き、性交の際に意図して精液を地に漏らしたことを罪とされ神に処された……。旧約聖書の『創世記』に記されている、俗に言う「オナンの罪」である。筆者のように、思春期をこじらせた中高生の頃に、気取ったムダ知識を蓄えるなかでこれを知った人も少なからずいるのではなかろうか。字面でも連想できるが、「オナニー」の語源となった故事だ。

その「オナニー」、性教育的な観点からの有害論などがある一方で、特に男性ならムズカシイ話は別として「オナ禁」を推奨する話に触れたことがなかろうか。やはり中高生の頃あたりに最初に耳に入ってきがちな、端的に書くならば「外見も内面も洗練されてモテる」のようなやつだ。『オナ禁エスパー 竜丸短編集』は、そんな「オナ禁」について語られがちな“定説”を壮大なSFに昇華させた表題作をはじめとする、青臭い3作の短編集である。

「オナ禁」によって、男性には読者でも共感できるような感覚のみならず、“短距離のテレポーテーション”や“数秒間の浮遊”などが訪れる。これは超能力である――と、いきなり壮大なトンデモ設定を打ちだす表題作「オナ禁エスパー」。発想の勝利と呼ぶべき冒頭は、転がし方によっては“出オチ”で終わっただろう。だが、本作はその一笑いからが本番だ。

異能力もののお約束通り、心温が「オナ禁」によって訪れる超能力を駆使せざるを得なくなってから本作が盛り上がるのだが、ここで「オナ禁」と超能力を結びつけた設定が効いてくる。心温は並外れた性欲を持つために、「オナ禁」の際には並外れた超能力を使える。だがその一方で、心温は性欲が強いからこそ「オナ禁」をする=超能力を発動することが極めて難しい。大いなる才能は、血のにじむような努力あってこそ真価が発揮されるのだ。下ネタに隠れたこの王道的な熱さ。全編通して下ネタが軸の話のはずなのに、読み終えればまさかの感動、そして残る爽やかな読後感に、きっと驚かされるはずだ。

思春期ならではの“キモチワルイ”衝動描く上手さ……青臭い作品から離れている読者にこそ

「週刊ヤングジャンプ」(集英社)の読切として発表された当初、その内容から誉め言葉として“下品な『エヴァンゲリオン』(表現を濁している)”などとも評され話題となった表題作のほか、本作には反抗期のお嬢様による家出を描く「しゃばだば」、下着泥棒の衝動に苛まれる少年を描く「イン・ザ・グラウンド」が並ぶ。いずれの作品でも発揮されている、思春期ならではの“キモチワルイ”衝動から生まれるエネルギーが、匂いたつほど力強くも透き通って響くのは筆者の力量こそだろう。青臭い作品から離れている読者にこそ勧めたい。

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この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

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