母親レンタルサービスを利用した、相手を内側から破壊する復讐譚
創作の世界で復讐という言葉はよく聞くが、その方法は多彩である。
多くの場合、二次元でも耐え難い残酷な方法が用いられ、読む者にスカッとするような爽快感を与える。現実ではない創作だからこそ楽しめるものではあるが、グロテスクな描写や過激な思考が苦手な人もいるだろう。
何も相手を物理的に傷つけるだけが復讐ではない。
私刑を扱った作品は数多く、それらは残虐性によって他と差をつけようとしているように感じる。スプラッター好きにはいいが、やはり飽和状態ではある。似たり寄ったりの復讐譚に「飽きてきた」という人にぴったりの、異なった切り口の漫画がある。
『ハッピーファミリー 復讐のレンタルお母さん』は、“レンタルお母さん”として働くアイダが、毒親を持つ石田愛理の家庭に入り込み、復讐を果たすまでの物語。アイダが愛理の母・麻里奈を身体的にではなく精神的に追い込んでいく様は、これまでの復讐譚とは一味違って興味深い。
復讐であるはずなのに、なぜかウィンウィンにすら思えてくる不思議な構成。明かされていない部分も多く、この先まださまざまな展開があると思うが、対象者だけがダメージを負う、これまでの作品とは異なるすっきりストーリーになる予感があって期待が高まる。
女子高生である石田愛理の母親、麻里奈はいわゆる“毒親”である。
麻里奈は、承認欲求を満たすための道具のように愛理を扱い、自分の都合ばかりを押し付ける。そんな麻里奈に辟易していた愛理は、三者面談を前に“レンタルお母さん”というサービスを利用してみることに。
約束の日に現れたのは、アイダと名乗る優しく美しい女性だった。愛理は理想的な母親に思えるアイダに懐くようになり、アイダは次第に石田家を侵食してゆく。全ては、アイダによる家族喰いの計画だった。
果たして、アイダの復讐はどのように果たされるのか――。
他者の介入によってたやすく崩れ去る見かけだけの家族
過激な復讐譚とは異なる、効率的で比較的優しい復讐譚。人間性はなかなか変わらないもので、アイダが恨みを抱く麻里奈は母親になっても大人になりきれないまま。過去はまだ明らかになっていないが、麻里奈が過去にどんな人間であったかは想像に易い。
多様性の広がりとともに、毒親なる言葉をよく聞くようになった。親であることよりも自分自身を優先し、家族を顧みない人間は意外に多いのではなかろうか。麻里奈は、現代では当たり前になったSNSに全力を注ぎ、見かけばかりにこだわるタイプの女性。当然中身などない。子を産むだけで母親になったと思い込み、いまだ自覚を持てないアダルトチルドレンだ。
愛理の繊細な心理や麻里奈のヒステリックな部分が丁寧に描かれていて、読むうち知らずと物語世界へと引き込まれる。展開に合わせて変わる視点、細やかな描写にも関わらず滞りのないスムーズな展開、登場人物の彩あるキャラクター性など、よく考えられた構成がとても素晴らしい。
特に、母親に嫌気が差しながらもどこかで愛している、そんな子供ならではの愛理の揺れ動く感情描写はピカイチ。愛理をアクセサリーのように利用する麻里奈のセリフやモノローグもよく出来ていて、リアリティがある。麻里奈のような母親はこの世のどこかに存在し、家庭内の出来事に見て見ぬふりをして干渉しない隆文のような父親も恐らく存在するだろう。
少しクセのある絵だが、動きのあるコマ割りや効果的な陰影、しっかりと書き込まれた細部によってほとんど気にならない。感情をよく表した表情描写は大変巧みで、それだけでも読む価値がある。
グロテスクな部分はなくても、スカッとする描写はしっかりある。自分ばかりを優先する麻里奈の家族がバラバラにされていく様は、正直清々しくもある。愛理のことを考えると、アイダの復讐は今のところ良いことにさえ思えてしまう。家族とは、血の繋がりだけが全てではない。確かな信頼関係があってこそだ。子供は母親を無条件に愛しがちだが、「母親だから」という理由だけならば無理に愛する必要はない。
昨今、親子に関する事件をよく耳にする。家族内で問題を抱えているならば、親の呪縛に囚われることはない。我慢などせず、他者に相談しても良いのだ。愛理のように自身で抱え込んでいるばかりだと、いつか大変なことになるかもしれない。本作のような家族の乗っ取りは現実世界で実際に起こっており、騙す人間次第では最悪な結末を辿るかもしれない。問題の放置は解決には繋がらない。本作からはそんな、歪な家族の危険性も読み取れる。
第1巻の内容を受けてここまで紹介してきたが、以降の展開によっては暴力性に満ちた物語になることもあるかもしれない。そうなると今後を注意深く見守りたい。
展開次第で評価も変わる、今後が楽しみなウェブ漫画
『ハッピーファミリー 復讐のレンタルお母さん』は、船木涼介氏による、毒親に疲れた女子高生の石田愛理が“レンタルお母さん”のサービスを頼ったことで、アイダに家族を乗っ取られてゆく様を描いたミステリー漫画である。コアミックスによるWEB漫画サイト「ゼノン編集部」にて2022年12月より連載開始、既刊1巻。ウェブ連載作品なので、次々に新しい話が読める。
配信されている分のストーリーを読んで本作をおすすめに挙げたが、今後想像とは違った超展開を迎えたらどうしようかとやや不安ではある。とはいえ、無数にある復讐譚とは違ったアプローチだったので、このまま独自路線を貫いてゆくだろうと期待したい。
“レンタルお母さん”をはじめレンタル家族や友人など、この時代にはさまざまな人間のレンタルサービスがある。レンタルサービスを題材にしたメディア作品はいくつか見かけるが、復讐と絡めたものはほとんどない。世間でこの手のレンタルサービスに関する大きなトラブルは聞かないが、ニュースにならないだけで恐ろしいことは既に起きているのかもしれない。
多角的な視点から、とにかく今後が気になる一作。まずは読んでみて、この先どう転ぶかを筆者とともに追いかけてもらいたい(グロテスク方面にはくれぐれも転ばないように……と願いながら)。