人生でもっとも多感な時期に知る、「自己と他者の境界線と不条理」を描く「神様」(『心臓』収録)

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『心臓』(奥田亜紀子/リイド社)

『ぷらせぼくらぶ』の奥田亜紀子が、前作から6年ぶりに出した作品集『心臓』。「このマンガがすごい!2020」(宝島社)オンナ編の第5位にもランクインした本作の収録作のなかから、片方が事故で植物状態になってしまった「双子」の複雑な想いを綴った「神様」にフォーカス。思春期真っ只中の中2の日常を描いた『ぷらせぼくらぶ』とは異なる世代の心理描写であっても、読み手の心に深く迫るほど魅力的であるその理由を探りたい。

『ぷらせぼくらぶ 新装版』(祥伝社)で改めて奥田作品の魅力にハマり、つい最近、奥田のデビュー作である「心臓」を収録した作品集『心臓』も初めて手に取った筆者。そこに収められた「その時ワタシは炊飯器だった」というシュールな書き出しで始まる「神様」に、以前ここで紹介した大白小蟹短編集『うみべのストーブ』(リイド社)と同じ匂いを嗅ぎ取り「これは絶対好きなヤツ!」と確信するや、遠く見渡す光輝く水面や、路地裏の白い猫。空を飛び交う無数の黒いカラスや、風に揺れるカーテンといった精緻な描写にも目を奪われ、一気にその不思議な世界に引き込まれた。

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このまま炊飯器の視点で主人公を観察するのかと思いきや……

『うみべのストーブ』に登場する電気ストーブ同様、四時子(よじこ)という女性が暮らす部屋の台所に設置された炊飯器の視点で物語が語られるのかと思いきや、翌日、視点は四時子が外出するときは彼女の靴になり、さらにマフラーになり……と、宿り先を次々変えながら四時子の心情にひたすら寄り添う。それらは四時子がどんな境遇の女性であり、いま彼女がどのような状況に置かれているのかを、第3者の視点から読者に分かりやすく伝えてくれる。

実は四時子には、長らく病院で植物状態となっている一卵性の双子の五時子がいて、ひとりでちょくちょくお見舞いに行っては、意思疎通がはかれない五時子に話しかけている。思い返せば中学時代のある日、四時子は学校で五時子から「久しぶりに(子どもの頃よくふたりで遊んだ)秘密基地に行かない?」と誘われたが、いつも双子だけで一緒にいる気恥ずかしさもあり、「やだ! 中学生になってまで」「五時子って全然成長しないよね」と突き放してしまった。そしてそのことを、彼女はずっと後悔している。というのも、そのやりとりの後、ひとりで秘密基地に向かった五時子が車にはねられて、以来、寝たきりになってしまったからだ。

四時子はその時、「五時子が助かる代わりに私の幸せをあげます」と神様に約束し、幸せになることを拒み続けてきた。「あの時、ケチらずに全部引き換えにって願えてたら」「あの日、私が一緒に秘密基地に行ってたら」「五時子は、ここにいるのかもしれない」と。だから、長らく交際していた恋人のサトから誕生日にプロポーズされそうになっても、「私がこれ以上幸せになったら、五時子が死んじゃう気がする。だからサトとは結婚できない」と断った。頑なな態度を崩さない四時子を前にした恋人は、いったいどんな言葉を掛けるのか――。

双子同士の絆と人生の不条理、人の温かさに触れ、涙する

ここでこの物語の結末を皆まで語るのは無粋だから控えておくが、少なくとも筆者にとってはまったくの予想外の展開であり、心を揺さぶられた。実は、かつて筆者の身近にも双子の友人がいて、そのうちのひとりが病気で若くして他界する、という辛い現実を目の当たりにした経験がある。もちろん、人によって違うことは大前提として、いわゆる一般的な兄弟や姉妹の関係性より双子同士の絆が強いものであろうことは、彼らの姿を見ていても明らかだった。だからこそ尚更、四時子の婚約者が取った思いがけない行動に、涙させられたのだ。

作者の奥田が何をきっかけにこの物語を発想して生み出したのかは分からないが、少なくとも、中学2年生の感性を瑞々しく映し出した『ぷらせぼくらぶ』を描いていた作者が、やはり中学時代に起きた双子の四時子と五時子の運命の分かれ目と、そこから先、ふたりの間に流れた時間や感情の機微を繊細に映し出していることには、納得させられた。人生でもっとも多感な時期と言われる思春期に、人は自己と他者との境界線を知り、みずからの意志や努力だけでは決してままならぬ、世の中の不条理も知る。そしてその時感じた痛みや苦しみを大人になっても忘れられない人たちが、「神様」や『ぷらせぼくらぶ』に救われるのだろう。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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