ラブコメディとも捉えられる新感覚のサイキック漫画
SNSや電子書籍の台頭によって漫画の数が増え、設定や内容は似通り、個性を見出すのが難しくなったように思う。かつては問題視されることの多かったグロテスクなものや、創作ならではの非現実的な設定のものも随分と増えた。今回ご紹介するのは、最近では珍しくもない設定ながら“あらすじ”に惹かれて手に取った『サイコの世界』。ワクワクしながらページを捲っていくと、タイトルにも“あらすじ”にも良い意味で裏切られた。想像とは少し異なるコメディな世界観が楽しめるので、漫画好きな皆さんにぜひ読んでみていただきたい。
『サイコの世界』は、超能力者が大半の世界で、非能力者の男が12年前に殺害された少女の復讐に動き出すサイキックサスペンス作品である。
本来のサイコ(psycho/精神病質者)ではなく超能力者(代表的な能力・サイコキネシス/念動力の略)がテーマであり、 残虐描写も控えめで復讐という言葉から連想される重苦しさもないので、誰でも気軽に楽しめる。「思ったものとは違うけれど、これはこれで良い!」という気持ちになること請け合い。
舞台は、超能力者が世界人口の3割を超え、非能力者は離島や僻地に追いやられている日本。12年前、離島の1つである風川島の少女が超能力者によって惨殺された。復讐を誓った少女の幼馴染・犬棒守は、災原リコという超能力者をパートナーに見出し、犯人を見つけるための旅を始める。
超能力社会を牛耳る五大家の中に犯人がいると考えた守は本土へと渡り、五大家当主会談「五耀會」の謀略に巻き込まれながら、超能力者と対することに。果たして、守の復讐の行く末は、この世界の真実とは。
淀みのないスピーディな展開と美しい作画だけでも二重丸
まず美麗な作画と個性的なキャラクターが目を引き、無駄のない展開でサクサクと読み進めることができる。場面によって背景が細部まで丁寧に描き込まれていて、所々ある空白や表情豊かな顔のアップが効いてくる。超能力を扱った作品だけあって、超能力やバトル描写にはしっかりとした迫力と躍動感がある。どこかで見た超能力ではあるが、とかく細やかにみっちりと描かれた画が素晴らしい。物理攻撃にはなるが、顔面に拳がめり込むシーンは必見。
恋愛、復讐、ミステリー、サイキックバトル……と内容は複数の要素が詰め込まれている印象。真面目さもありつつ、思った以上にコメディ要素が強いので、不思議と新しさを感じる。軽快なテンポのおかげで全ての要素がうまく絡み合い、おふざけのような不快感はない。豊かな心理描写による感情移入などを楽しむスタイルではないが、多彩なジャンルの漫画の良い部分をギュッと詰め込んだような面白さがある。他にない新感覚なので、ぜひ味わってみてほしい。男性キャラクターの肉体美と間抜け面だけでも読んでみる価値はある。
正直なところ、展開が早く、重厚な物語とは言い難い。それでも、ある程度の深みはあり、構成自体はよく練られている。初対面のふたりが愛を育むストーリーをメインに捉えると心がほっこりする。
物語の最後に、本作の世界の真実がサクッと語られる。真実は闇深くすっきりしない部分も多々あるが、主人公・犬棒守の物語としてきちっと筋が通っている点はとても良い。壮大な本作の世界観に焦点を当てると物足りなさを感じるが、幼馴染を惨殺された少年の成長譚または守視点の世界を巻き込んだ冒険の物語と捉えると十分楽しめる。モヤモヤを残したラストにも納得がいくだろう。あなたなら、この物語をどう読むだろうか。
超能力はロマンだ。あるはずないと思いながら、どこかで存在を祈ってしまうほど。実際に超能力が存在したら、この平和な世界は容易く崩れ去ることだろう。本作のように非能力者がいれば尚更。超能力者が当たり前に存在する世界で、もし非能力者として生まれたら……。
サイキックは漫画の物語に実に相応しい。憧れの「もしも」の話を、本作でクスッと笑いながらぬくぬく楽しんでみて。
打ち切りながら、不思議な面白さのある秀作
『サイコの世界』は、原作・井龍一氏、漫画・大羽隆廣氏による、超能力者と非超能力者が対立する世界で非能力者の犬棒守がサイコの協力を得て復讐を果たさんとするサスペンス漫画である。講談社による「週刊少年マガジン」&「別冊少年マガジン」の公式マンガアプリ「マガポケ」にて2021〜22年まで連載、完結済み、全4巻。単行本もあり、各電子書籍サイトでも購読可能。
ここまで話を進めてきたが、本作のラストがすっきりしないのは、打ち切り作品であるから……。要素満載で満腹感はあるが、それでも、サクサク感と他にはない真新しさがたまらないので筆者としてはおすすめしたい。
たくさんの漫画を読んできた猛者でこそ楽しめる作品ではなかろうか。展開次第で何巻でも続けられそうな内容だっただけに、打ち切りはとても残念……。「漫画を読みすぎて好みが分からなくなりつつある」というあなた、本作は一周回って素敵な作品だ! まずは1巻を読んで、不思議な魅力に呑まれてほしい。
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