『鉄道少女漫画』は、鉄道系漫画にありがちなディープ&マニアックではなく、ふわっとした情景や暖かな心情が独自の世界観を生み出している短編作品集です。鉄道好きだけでなく、恋愛系や日常系作品が好きな方にもお勧めな、その魅力とは……。
BL系で人気の作者が手掛けた鉄道漫画!?
『鉄道少女漫画』と、同書に収録された『君曜日』の作者は、中村明日美子。この名前を見てピンときた方は、タイトルの“鉄道”に「エ?」と思われるかもしれません。
中村作品といえばBL系、ボーイズラブや(その香りを漂わせる)少女漫画といった女性向け作品が多く、イメージからすれば違和感も当然でしょうか。
アニメ好きな方には、奇才・幾原邦彦とコラボした『ノケモノと花嫁 THE MANGA』(原作・幾原邦彦、漫画・中村明日美子/幻冬舎)も印象的なはず。その幾原作品イメージからも、“鉄道”は連想しにくいキーワードで……。
本作の作画も、いわゆるBL系。好きな人は好きでも、ダメな方はダメ。コミックス表紙や作品1ページ目を見ただけで、好き嫌いが分かれる絵柄だといえます。
作画自体は丁寧で好感を抱けるものですが、そこで抱く違和感を、自分の中でどう処理するか。その方法論次第で、本作に向き合う姿勢は大きく変わるでしょう。
BL要素がない中村明日美子作品の味わい
『鉄道少女漫画』の舞台は、東京の大手私鉄・小田急電鉄を走る特急ロマンスカー。一口に「ロマンスカー」といっても、「はこね」「さがみ」「えのしま」「ふじさん」と、さまざまな特急列車が走っています。
その車内でスリを働こうとした少女が、ある男と出会います。男は妻と弟の不倫を疑い、妻の後を追ってロマンスカーに乗り込んでいました。
このように基本設定からして滅茶苦茶なので、その時点で引いてしまった方はアウト。中村作品らしい深みあふれる(=あふれすぎる?)恋愛物語を彷彿させる始まり方で、1ページ1コマごとに読者の取捨選択が進む作風ともいえそう。
ここまで読者を選ぶ作風は、ある意味、他に類を見ない潔さでもあるわけで……。
彼女は壊れかけていた夫婦関係を修復するキューピット役なのですが、ウジウジした夫(=兄)と理想的イケメン像な弟の対比&関係性など、物語は濃厚な少女漫画的恋愛観とともに展開していきます。
兄弟の姿にはほのかなBL感も漂わせますが、筆者も苦手なBL展開はありません。いわば、“BLがない中村作品”と評すべきでしょうか。
西村京太郎トラベルミステリー風な鉄道ネタも
その物語には、半ば唐突に鉄道(時刻表)ネタが登場します。新宿発の特急を途中駅で下車した彼女&夫(兄)が、急行や後続の特急を乗り継ぎ小田原で追いつくという、西村京太郎作品の鉄道トラベルミステリーで描かれるような時刻表トリックが。
作者自身が小田急好きと語るだけに、複雑怪奇な小田急のダイヤを巧みに用いた作品だとも。ロマンスカー車内や各駅の描写にもこだわりが感じられ、鉄道好きなら思わずニヤリとしそう。
が、そこで鉄道ネタに期待すると、肩透かしを食らいます。『鉄道少女漫画』に収録された他の短編や、その続編のようなシリーズ『君曜日』各巻にも、それ以上の鉄道ネタは登場しません。
『鉄道少女漫画』の短編のスピンオフである『君曜日』は、鉄道好きな女子中学生の主人公+彼女が憧れる既婚者オジサマ+彼女に想いを寄せる同級生男子が繰り広げる、ちょっぴり切なくて淡い恋愛物語。
秩父鉄道や大井川鐡道のSLや鉄道模型がストーリーに幅を持たせますが、“鉄分”(鉄道趣味)は限りなく薄いもの。タイトルの『鉄道少女漫画』は、鉄道好きからすれば正直どうなのだろうとも思いますが……。
なので本作は、「ほのかに甘く優しい恋愛模様をゆるふわな鉄道情景とともに楽しむ」作品だと考えたほうが良いでしょう。
逆にいえば、鉄道にまったく興味がない方でも十二分に楽しめる、幅広い層が読みやすい作品だともいえます。タイトルの“鉄道”は気にせず、作画タッチや見た目の雰囲気から選んでも間違いはないはずですよ。
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