世代の異なる見知らぬ男女の「入れ替わり」で「自分」の輪郭の曖昧さを突き付けられる『WHITE NOTE PAD』

当ページのリンクには広告が含まれています
『WHITE NOTE PAD』(ヤマシタトモコ/祥伝社)

以前紹介した『Love,Hate,Love.』(祥伝社)のヤマシタトモコが、「男女の人格入れ替わりモノ」をテーマに描いた『WHITE NOTE PAD』(全2巻)。あまたある同ジャンルの作品と本作が大きく違うのは、「わたしの人生は1年前の秋、突然奪われた」と、面識すらなかった二人が、ある朝突然入れ替わってから「1年後」に、偶然“自分の身体”と再会するところから物語が始まるという、いい意味での「分かりにくさ」にある気がしてならない。たとえ頭で信じられないことが起きたとしても、残酷なことに人生は待ってくれず、否応なしに時間は流れる。「分かりにくい」ことで、そんな「過酷な運命」の持つ暴力性が、より伝わってくるからだ。

目次

ある日、17歳の女子高生と入れ替わった冴えない中年男は「最強」なのか?

17歳の女子高生・小田薪葉菜(おだまきはな)と、38歳独身の自動車工・木根正吾(きねしょうご)。何の面識もない平凡な二人の身体と魂が、ある朝突然、入れ替わっていた。突如、ピチピチの女子高生の身体を手に入れた男は、戸惑いながらもその運命を「最強だ」「強くてニューゲームだ」と捉え、容姿を磨き、女性雑誌の読者モデルとして「第2の人生」を謳歌する。かたや何のスキルも持たないまま、いきなり中年男の身体になってしまった少女は、「原因不明の記憶喪失扱い」で定職を失い、バイトで日々食いつないでいた――。

再会した二人は「どうして1年も!」「ごめん、楽しくなっちゃって……」と、明らかな温度差を感じていたが、‟新生・正吾(以下、正吾)”の境遇に責任を感じた‟新生・葉菜(以下、葉菜)”は、正吾を「記憶喪失になってしまった可哀想な恩人」と偽り、自身が読者モデルとして通っている編集部の雑用バイトとして、雇ってもらう手はずを整える。そして、見た目は冴えないおじさんだが、中身は女子高生の正吾は、その真面目で素直な性格が功を奏し、編集部の面々の協力を得て、「イケオジ」へと改造されていく。

著:ヤマシタトモコ
¥594 (2024/04/23 21:36時点 | Amazon調べ)

記憶が混在することで、明確だったはずの自身のセクシャリティすらも曖昧に!?

いわゆる「男女の人格入れ替わりモノ」は多々あれど、同級生でも同年代でもない、年齢差が2倍以上もある面識のない男女が、ある朝突然、何の前触れもなく入れ替わり、その後1年あまりも連絡が取れなくなってしまったら、いったいどんなことが起きるのか……?

現実には絶対起こり得ない設定ながらも、「もし仮に自分の身に起きたとしたら、自分ならどんな選択をするだろうか――」と思わず真剣に考えてしまうくらい、リアリティがある。

というのも、本作の正吾と葉菜の場合、ただ単に、そのまま人格と身体が入れ替わってしまったわけではなく、「互いの過去の記憶もところどころ入り混じっている」というのがまた厄介なのだ。「海と山だったらどっちが好きか」といった単純な好みの問題から、身体が入れ替わった状態における、自身の恋愛対象に至るまで、自分自身の感情なのか、かつての相手の記憶がもたらす感情なのか、判断がつきかねるような瞬間が、それぞれに何度も訪れる。そして、明確だったはずの自身の「セクシャリティ」すらも、いつしか曖昧になってしまう。

『WHITE  NOTE  PAD』が突き付けてくる、哲学的な問いの答えは……?

「私」という存在を定義づけているものとは何なのか。そもそも、そんなことに頭を悩ませていることすら、実は意味などないのではないか。ページをめくるたびに何度も自問自答してしまい、「先の展開が気になる……」とはやる気持ちとは裏腹に、なかなか前に進まない。

長らく「自分」だと思って信じて疑わなかったものも、実は日々生活していくなかで無意識のうちに入ってくる、さまざまな情報や意見、価値観によって、形成されたものにすぎない。そう考えると、真の意味での「確固たる自分」なんて、本当はどこにもないのかもしれない。逆にいえば、人間なんてみんなそれくらい曖昧で、頼りないものだからこそ、人は「自分が自分であることを証明」するために、身体と心から湧き上がる「欲求」を満たし、自身の「快楽」や「幸せ」を物差しにしながら、崩れそうな自分の輪郭を必死で保ち続けている。『WHITE  NOTE  PAD』を久しぶりに読み返し、そんなことを改めて思い知らされた。

著:ヤマシタトモコ
¥594 (2024/04/23 21:36時点 | Amazon調べ)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

目次