「誰を……何を恨めばいい………」初期化された世界、祖国と人類史への歩みが始まる
「何で……何で俺だけ目覚めてしまったんだ……………」。未曾有の大寒波に襲われている世界。大手商社グループの創業家7代目でイラク支社長を務める舞鶴太郎は既に身動きが取れなくなった状況の中、まだ実験段階にある装置で人工冬眠に入った。しかし、彼が目を覚ましたのはまさかの500年後。ほんの急場しのぎだったはずが、運命を共にした妻と息子は息を引き取っており、氷河期で壊滅した地球に自分だけが生き残ってしまったのだ。
絶望から自死も考えた太郎だったが、ふと目に留めた家族写真でそれを思いとどまる。あれから500年。たとえ大寒波を乗り切っていてもとっくに故人だが、東京にいた娘や父のその後を知ってから死のうと考えたのだ。こうして日本を目指すことにした太郎は身支度を整えながら、もはや役に立たない財布を投げ捨てる。「人より金に頼るべき」という姿勢だったかつての自分を思い出しながら、行く先に人がいることを願いつつ歩み始めた……。
何もかもがゼロから。やり手商社マンだった“オジサン”の悲哀が面白いSFサバイバル
「人間五十年」に対する「人間五百年」か。第1巻の帯を見て感心したものである。信長、秀吉、家康に仕えた“武将茶人”古田織部が主人公の『へうげもの』で知られる、山田芳裕が連載中の最新作『望郷太郎』だ。『Dr.STONE』(Boichi、稲垣理一郎/集英社)などでも人気のSFサバイバルものだが、本作のヒキは主人公の太郎が文明社会で一定の成功を掴んだ“オジサン”であることだろうか。しかし初期化された世界では、何もかもがゼロから。その悲哀にこそ面白さがある。
冒頭で触れたように旅立つも、過酷な自然の前に行き倒れた太郎は、狩猟採集で生きるパルとミトに凍死寸前で運よく拾われる。髪と髭が伸びきり頬もこけきった顔で、大粒の涙を流しながらマトンを口にする太郎が描かれたコマは強烈だ。導入では人好きのしない顔も描かれていたやり手商社マンが、何もできない「太郎」と化したことが強く印象付けられる。その経歴と手腕をもって、いきなり“無双”するような展開がないのが魅力なのだ。
消えた「文明」、はからずも挑むことになった人の歴史。太郎が導く答えとは
こうして、まずはパルとミトに付き添うことで、日本へ戻る道を模索する太郎。しかし、初期化された世界を生きてきた彼らと、いきなりそこに放り込まれた太郎の様々な価値観のズレは、時を共にするごとに大きくなる。作中で、太郎が知る「文明」は絶対的な優位性を持たない。しかし、それに繋がる普遍的な“価値”は、あちこちに萌芽する。はからずも人の歴史に挑むことになった太郎が導く答えとは。重厚なロードムービーに浸りたい。