ある日突然、共に励む仲間に先を越されたら……
「マンガに青春を捧げる美大生らの群像劇」。本作を簡単に紹介するとそうなるのだが、そこには“才能”をめぐる、さまざまな感情が渦巻いている。実に甘美でそれでいて強烈なほどに冷徹。生まれ持ったものでもあり、育てながら開花させていくもの。誰にでもあるし、誰にもないもの。“才能”とは、勝手ながらそんなイメージが強い。
本作の主人公である翠は、美大の美術学科でマンガ専攻の生徒。学校内で高評価を得るような作品を描く力は持つものの、なかなかデビューに至らないという現状にいる。こう説明すると、主人公がデビューに向けて奮闘する物語が進行……と思うかもしれないが、そう一筋縄ではいかないのが本作の特徴の一つ。
実は、翠の友人であり、翠がマンガの描き方を教えていた姫子が、SNSにアップしたマンガがバズり、それをきっかけに連載のチャンスを得るという、なんとも形容しがたいドラマが展開していくのだ。もしも自分自身、翠と同じ事態に遭遇したら、どう思うだろうか。何の気なしに読み始めた作品だったのだが、一気に心をわしづかみにされたのを今でも強く覚えている。
“才能”をめぐって湧き出してくる、負の感情に不思議と魅せられる
「どうしてあの人だけ……」。ふいにそう思ってしまうことは、誰にでも起こりうるかもしれない。特に本作のように互いに切磋琢磨し合う間柄で、しかも自分の方が実力も才能もあると考えていたであろう人物が、自分よりも“格下”だと思っていた相手に後れを取る。その忸怩たる思いたるや、想像に難くない。心かき乱され、プライドは傷つき、嫉妬や羨望、失望といった感情がない交ぜになり、その結果心が疲弊し消耗される。そんな経験をしたことがあるという人も少なくないだろう。
ここでふと“才能”とは、いったい何なのか改めて考えさせられる。たしかに“才能”豊かな人は、その道のスペシャリストになったり学生時代や社会人になってからも活躍したり、といったケースは多いはず。そう考えると“才能”はないよりもあった方が間違いなく良い。「“才能”さえあれば……」という悩みからも解放されるだろう。
ところが、この“才能”ほどやっかいなものであることに間違いはない。例えば本作の翠もそうだが、仮にあふれんばかりの“才能”を有していたとしても、だからといって将来が約束されるわけでは決してない。残念ながらそれが紛れもない“事実”のカタチの一つであり、そのことが人に絶望を感じさせ、時に“闇落ち”させてしまうほどの破壊力で攻撃してくる。本作で言えば、単行本第1巻がそういったエピソード中心に描かれており、まさにえぐるような内容で心の奥底を刺激してくるのだ。
劣等感が強めな青春ものに心を揺さぶられまくる
本当に“才能”とは何なのだろうか。特に物事がうまくいっていないとき、周りが輝いて見えたり自分だけがダメな人間だと思い込んでしまったり、そんな思いにとらわれるほど焦燥感にかられ、ネガティブなレッテル貼りをいやというほど自分にしてしまう。その結果、さらなる負の感情がわき上がり、ついには他人への攻撃を始めてしまう。そんなマイナスのループが、本作では生々しく迫真の様子で描かれており、不思議と涙腺が刺激されることも。
さらに物語では、そんな感情の“行き先”が描かれていくのだが、思っている以上に目が離せなくなってしまう。翠が姫子に対して抱く想いや感情、そしてきっと悪気はないと思いたい周囲の何気ない言葉の数々。ビター過ぎるテイストだが、それだけに痛いほど心に突き刺さってくるのも、また興味深い。あきらめないこと、あきらめること。この表裏一体の組み合わせが、どれほど人間を悩ませるのだろうか。爽快さや明快さではなく、鬱屈さや劣等感が強めな青春ものというのも、時には悪くない。
最新巻では作者と読者という、作品を挟んで向き合う両者のそれぞれの立場での、それぞれの考え方にスポットを当てたエピソードも。これを読むと、なんだかんだ言って「好き」が詰まった作品であることを感じられるのが、なんだか無性にうれしい。この先、翠がどちらの方向を向いて歩いて行くのか。じっくりと見つめ続けていきたいと思う。