「ボクは、生まれてから53歳の今まで……」“下半身に効く薬”で人生が変わった日
「覚悟して聞いてね……ワタシ、赤ちゃんできた」。出会って3か月でスピード婚を果たした、バツイチ子持ち美女の妻からの電話に、曽根建男は驚きのあまり言葉を失った。「ありえない。父親になるなんて……」。小田原で薬局とアパートを営む彼にはそう断言できる、誰にも言えない秘密があった。建男は53歳になる今まで、一度も下半身が機能したことがないのである。妻は結婚パーティー後の一夜でと言うが、泥酔していた建男にはその記憶もない。
「お腹の子の父親は、誰なんだ?」。そんな折、建男のもとに、建男が大家を務めるアパートから夜逃げした娘の保証人として、須磨岡という男が尋ねてきた。建男は須磨岡から、元AV女優だという彼の娘が部屋に残した謎のED薬を譲られる。「ボクだって、人生を楽しむ権利はある」。効果を怪しんだ建男だったが、元旦那と会っているらしい妻を疑う気持ちから、そのED薬を口にする。すると建男の下半身に、生まれて初めての感覚が訪れた……。
オトナ向けでアングラな空気……“冴えないおじさん×ED薬”という上手さ
『ゴルゴ13』や『空母いぶき』の「ビッグコミック」連載で、主人公はお腹の出た冴えないおじさん、そして極めつきは“ED薬”というキーワード……。フックはいかにもオトナ向けで、表紙からもアングラな匂いが漂ってくるような作品だが、入りで興味を惹かれたならそのまま一気読みしてしまうこと請け合いである。昨年、伊集院光がラジオで取り上げたころから注目され始め、最近はマンガ好きのお笑い芸人から激賞が相次ぐ作品が『JUMBO MAX』だ。
謎のED薬によって人生が一変した建男はその後、須磨岡から再びそれを入手。薬剤師としての知識を生かして有効成分をつきとめ、一生分を自作すると決意する。冴えないおじさん化学教師がドラッグの精製と売買に手を染める、米ドラマ『ブレイキング・バッド』を思わせるような筋書きだが、本作の題材はED薬というのが絶妙なポイントだろう。一見するとコメディチックながら、じわりじわりとにじり寄る嫌な空気に臨場感と説得力がある。
もう取り返しがつかない……堕ちていく“冴えないおじさん”の運命やいかに
ED薬を自作すると話したことで、建男はそれを商売にしたい須磨岡とコンビを形成。須磨岡の脅しをきっかけに手を組んだ帝都大学所属の宝生鹿子の協力も得て、建男はついにED薬を完成させる。
……が、そのED薬の試作品が、いきなり取り返しのつかない事態を招いてしまう。
万能のED薬が生み出すであろう莫大な利益。ED薬とはいえ、薬物の密造……。
妻に、須磨岡に、鹿子に、と信用の置けない人物に囲まれるなかで、建男はどんな運命を辿るのか。どこまでも堕ちる予感に、それでもページをめくってしまう一作だ。