優れた表現がノスタルジーを呼び起こす。泡沫の子供の世界を描出した、甘くも哀しい物語—— 『神様がうそをつく。』

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『神様がうそをつく。』(尾崎かおり/講談社)
目次

1冊に凝縮された、少年少女による切なくも温かいひと夏の思い出

「何だか心が疲れたな」「ホッとひと息つきたいな」「昔は良かったな」……そんな思いに駆られた時、じんわりと心を温め、癒してくれる作品がある。

『神様がうそをつく。』は、小学生の主人公・七尾なつるの切なくも愛おしいひと夏を描いたヒューマンドラマである。一度読めば、自然と涙がこぼれるような、甘くも哀しいノスタルジックな雰囲気に包まれる。

優しいタッチの美しい作画、雄大で動きのあるコマにはまるで命が宿っているよう。目前にはたちまち夏の美しい情景が浮かび、耳障りな蝉の鳴き声が聞こえ、ねっとりと生温い風を感じる。気付けば物語に入り込んでいて、登場人物たちがまるでアニメーションのように動き回るのだ。言い知れない懐かしさと愛おしさが込み上げ、読後はとても不思議な気持ちになる。他では味わえない、一風変わった読書体験ができることだろう。

東京から田舎へと転校した小学生の七尾なつるは、クラスで人気の高い女子からのプレゼントを拒否したことで、女子生徒から無視されていた。ある日、なつるが拾った猫をきっかけに、クラスメイトの鈴村理生と仲良くなる。サッカーに勤しんでいたなつるだったが、新しいコーチに馴染めず、夏休みに実施される合宿をサボってしまう。偶然、理生と出会い、理生が弟と暮らす家でしばらく過ごすことに。そこで、なつるは理生の抱える重大な秘密を知る。

理生を守らんとするなつるだったが、2人の終わりの時は近付いていた……。

著:尾崎かおり
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いつかは消える、小さく未熟で不出来、それでも輝く子供の世界

本作の主人公は、まだまだ未熟な子供である。

子供は問題にぶつかると、少ない社会経験から必死に選択肢をかき集め、自分や相手にとっての最善を選んで決断する。その時は最善であっても、狭い視野からの決断は広い観点で見れば誤りであることも多い。大人になって振り返ると、「なぜこうしなかったのか」と不思議に思うものだ。そう思えるのは、自分が大人になったからに他ならない。

物語の要ともなる、理生の大きな決断。

理生の周りには、行く道を照らしてくれる大人はいなかった。誰にも頼れず、小さな頭で一所懸命に考えて決めた。結果がどうあれ、誰が彼女を責められようか。子供の選択肢やその先の未来を増やすためにも、やはり大人の存在は必要だと思う。子供のうちは何度間違っても良い。失敗を繰り返し、学んで、やり直せば良いのだから。大人はただ見守り、否定せず、密かに道筋をつけてやるのが好ましいだろう。まだ小さく不安定な、子供の世界を守るのだ。

なつると理生の世界に触れると、心がむず痒くなる。

自分本位で不安定な心模様、純粋無垢で微笑ましい恋模様、酷くも美しい忘れ得ぬ夏の思い出。歳を取れば二度と味わうことのできない、子供ならではの清く無邪気な日々。郷愁に駆られると同時に、大人の責任を痛感する。頼りになる大人がいれば、変化に気付く大人がいれば、理生は正しい選択ができたことだろう。たくさんの社会経験を積み、大人と呼ばれる年齢になった人にこそ、読んでもらいたい。今だからこそ感じるものがあるはずだ。

恋するなつるが、理生のために選んだ小学校最後の夏の冒険。

その先に待ち受けていたのは、彼らが望んだ結末ではなかったかもしれない。それでも、澄み切った心の彼らの冒険はどこまでも美しく、清らかで、激しく胸を打たれる。穢れなきあの頃に戻りたいと思う。

世の中は思うようにはいかない。だからこそ、子供だけの冒険、その経験は、いつか生きる糧になるかもしれない。子供はさまざまなことを経験しながら大人になる。人はこうして大人になるのかと実感する。子供の成長と子どもにまつわる社会問題を、子供の視点で描いた愛しくも切ない傑作。ラストまで美しいから、彼らのこれからの行く末を思わずにはいられない。

キャラクター、作画、ストーリー展開、どれをとっても素晴らしい名作

『神様がうそをつく。』は、尾崎かおり氏による、少年少女の幼い恋と夏の冒険を描いたヒューマンラブストーリー漫画である。2013年に「月刊アフタヌーン」(講談社)にて連載、完結済み、全1巻。2021年にはサウンドドラマ化もされた。

眩しささえ感じる光の描写、吸い込まれるような背景、心をくすぐる表情、冒頭シーンから素晴らしい作画が続く。

顔つきやセリフの描き分けも絶妙で、各キャラクターの人物像がすぐに浮かぶ。性格は顔に出てしまうものなのだと改めて思う。二次元の魅力が溢れていながら、実写のようなリアリティも感じられる。

寂寥感と愛おしさの込み上げるストーリーも格別で、子供なりのひたむきさが詰まった展開も傑出している。全てにリンクするタイトルもまた見事なので、読んでその意味するところを自分なりに受け取ってほしい。

こんなに儚くも美しい思い出が自分にあったかどうかは別として、遠い昔が無性に恋しくなってしまうはず。本作でしか味わえない感覚をご堪能あれ。

著:尾崎かおり
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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