※ややネタバレあり
人智を超えた能力を手にし、自らの嘘に人生を絡め取られてゆく男
疾しさや見栄から自分のために人は簡単に嘘をつく。ほぼ全ての人が大小に拘らず嘘をついた経験があるのではないだろうか。
嘘を真にできなければ、いずれ嘘は必ずその身を滅ぼす。その嘘が大きければ大きいほど、ついた本人をじわじわと蝕み、想像もし得ない最悪の結末をもたらす。小さな嘘であれば軽く許されることもあるだろうが、確実に周囲の信用を失うことだろう。現実世界でも、つまらない嘘から殺人事件にまで発展してしまった哀しい事例もある。嘘を甘く見てはいけない。
特殊能力を得た男が嘘を重ねて深みに嵌ってゆく様を描いた『ギュゲスのふたり』。ユニークなストーリーの中、嘘をつく度に男の人生の歯車が狂ってゆく生々しさが際立っている。嘘つきの結末にハッピーエンドはあり得ない。
主人公のベテラン漫画家・藤堂健は、アシスタントの日向優とともに神隠しの舞台とされる神社を訪れていた。藤堂はいい加減な担当編集者・中村を消したい、成功できずにもがく日向は自分自身が消えたいと願った。日常に戻り、それぞれの願いを強く念じた時、藤堂は触れたものを消す(透明にする)力を、日向は自らを消す(透明になる)力を得る。
衝動的に中村を殺害してしまった藤堂は、その事実を隠し、日向が透明人間になれることを利用して日向を主人公にした漫画を描くことを決める。
ただ純粋に人々を救いたいと願う日向、日向を陰で助けながら悪事を働く藤堂。2人の物語の先に待ち受けるものとは……。
能力を手にした時、人は正義を保てるか。相反する2人の進む道
作画は繊細で今風だが、キャラクター性も含め、純粋な人間と不純な人間との描き分けが特徴的で大変興味深い。大抵、登場人物が悪い顔をしている時に陰影が力強く描き込まれている。余白の使い方も巧く、暗く濁ったダークなシーンがより際立つ。グロテスクな描写もあるが、リアリティさはないので苦手な人でもあまり問題ないだろう。
また、ストーリーの展開は早く、テンポも良いのでスラスラと読めてしまう。「透明人間」というテーマはさほど珍しいものではないが、藤堂の温めていた作品が『透明人間ゼロ』であり、能力を利用して作品を成長させるなど、設定や構成が巧みに組まれているので二番煎じ感はない。
藤堂本人や作品に憧れる日向は、純粋に悪を挫くヒーローになることを決意する。片や藤堂は、悪事を以って日向の活動を手助けすることに決める。
藤堂の判断は正しくない。一度でも悪に手を染めると、なかなか抜け出せなる。億もの人が暮らすこの日本で秘密を隠し通すことは困難であるし、そのために罪を犯せばキリがない。東堂が選んだ道の先には果てがないのだ。
悪人の支えるヒーローはどんなに正義であっても真のヒーローと呼べるのか、ヒーローにならんとする日向は全てを知った時何を思うのか。
嘘は総じて一度では済まない。さらなる嘘を重ね、多くのものを滅ぼす。
責任の取れない嘘はつくべきではない。その身が滅ぶまで終わりはないのだから。藤堂の行末を見れば分かるだろう。既に藤堂の秘密や嘘は大事になり、彼の手に負えなくなりつつある。果たして透明人間ヒーローは成立するのか、ヒーローとは何か。今後の更なる展開に期待しつつ、2人の進む道を確と見届けてほしい。
難しい哲学問題を現代社会に合わせて描く、異彩を放つサスペンス
『ギュゲスのふたり』は、カトウタカヒロ氏による、透明化する能力を手にした漫画家藤堂とそのアシスタント日向のヒーローにならんとする生き様を描いたサイコサスペンス漫画である。
小学館による漫画WEBサイト&アプリ「サンデーうぇぶり」にて2022年より連載中、既刊5巻。
タイトルにあるギュゲスとは、人の姿を見えなくする指輪を手にし、リュディアの王となった男の名。ギュゲスは指輪を利用して前王を殺して王となったが、指輪を手にしても人は正義を貫くかが論点となっている。
能力の誘惑に勝てる人などいるのだろうか。特殊能力は常に与えた人の人間力を試しているのかもしれない。透明化の能力を手にしたら、あなたならどうするか。盗みもせず、騙しもせず、復讐もせずにいられるだろうか。
同時に特殊能力を得た、人間性も考え方も異なる藤堂と日向の2人。チームでありながら異なる道を進む。正義と不義、相反する2人の行く道が重なった時、そこには何が残るのか。本作が出す“ギュゲスの指輪”問題に対する答え——物語の結末を楽しみに待ちたい。