人の時代が終わりを告げた終末世界で、“ロボットの人”と“犬の人”がおいしいごはんを作りながら旅する『旅とごはんと終末世界』。一風変わった終末スローライフ作風は、同ジャンルの名作『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし/講談社)や『少女終末旅行』(つくみず/新潮社)をも彷彿させる、儚く心優しい物語なのです。
名作『ヨコハマ買い出し紀行』を彷彿させる世界観
物語の主人公=ヒロインは、速雨蘇芳(ハヤサメスオウ)と名乗る女の子、自称4歳。それだけ聞くと「は?」となりそうですが、実は彼女、“ロボットの人”と呼ばれる人型アンドロイドなのです。
ちなみに、4歳といっても製造から4年が経過しただけで、人間の年齢に換算すれば20歳前後?
そんな蘇芳が、“犬の人”こと犬型アンドロイドのミュートさんとともに、人類がほぼ滅亡したらしい終末世界を旅します。ミュートさんはペット的な存在ではなく、無鉄砲で天真爛漫な蘇芳を見守り、正しい方向へと導く優秀な監督役でも。
蘇芳が旅する目的は、自分を休眠させたまま何処かへ行ってしまった、設計者の“ご主人様”を探すこと。「ご主人様は、なぜいなくなった?」「どこへ行った?」が、物語の軸となっていきます。
といった基本設定から、やはり終末世界で暮らす人型アンドロイドの女の子がヒロインとなる、『ヨコハマ買い出し紀行』を思い起こす方も少なくないでしょう。寂寥感の中にほのぼのした雰囲気が漂う世界観、ヒロインと消えたご主人様の関係性など、確かに相通じるものが感じられます。
本作の蘇芳と、『ヨコハマ買い出し紀行』ヒロインのアルファには、妙なところが人間的で奔放なキャラという共通点が。ただし、怖いモノが苦手なアルファと違い、蘇芳はオカルトちっくな現象にも興味津々で……。
他の終末世界紀行作品とは趣を異にする大陸性
いっぽう、水没しかけた世界で行動範囲が限定される、『ヨコハマ買い出し紀行』のような縛りはありません。あの独特な“箱庭”感がもたらす、いい意味での閉塞感もないわけで。その意味では、超多層構造の廃墟都市で最上層階を目指す『少女終末旅行』とも、異なる様相が展開していきます。
どこまでも無限に大地が広がっていそうな本作の終末世界は、ヒロインのネーミングや、作中に登場する漢字の都市名からも感じられるように、大陸的なイメージも印象的で。“その後”の日本を旅する『終末ツーリング』(さいとー栄/KADOKAWA)とも、趣を異にします。
この大陸性に、ヒロイン・蘇芳の奔放さ&おおらかさを増幅させる効果があることも、読み進むうちに気づかされるでしょう。
例えば“儚さ”という言葉で例えられる世界観が、前述した終末紀行作品群より強く感じられることも特色に。
心地よく、穏やか。ちょっぴり切ない。
そんな物語が広がる第1話から、いきなり魅入られてしまう方も少なくないかと。モチーフとなる儚く美しい天使のからくり時計は、本作の世界観を象徴するギミックかもしれません。
作中の創意工夫調理はキャンプ飯のバイブルにも!?
作品タイトルにもある“ごはん”要素は、終末世界紀行モノとしては異次元の豪華さ!?
実はヒロインの蘇芳、料理上手な上に、がっつり系の肉好き。ロボットなのに(笑)。旅の道中では毎回、入手食材に創意工夫を凝らした一品料理が誕生します。当初は調理シーンに違和感を覚えるかもしれませんが、読み進むうち、この調理=おいしいごはんが、蘇芳の旅に欠かせない癒し要素だとわかってきます。つまり、読者も知らず知らずと癒されているわけで。
終末世界の限られた食材(主に肉系)で調理する料理は、条件がタフなキャンプ飯とも相通じるものが。調理法が丁寧に描かれるため、キャンプ飯バイブル的な利用法もあり?
終末旅なのに、なぜあんなに調味料が揃ってるんだ……なんてツッコミはさておき(苦笑)。
人類が消滅したかに思えた世界でも出会いはあり、徐々に登場キャラが増え、フラグが立ち始めたところでの連載終了は残念ですが……。哀しい無常観が漂う結末ではなく、謎だったミュートさんの正体も明かされるので、読み終えての後悔はないはず。
逆に、コミックス全3巻と手を付けやすい作品なこともあり、試し読みから始めてみても損はしませんよ。