「おひとりさま車中泊コメディ」という、ちょっと謎めいたキャッチコピーが付けられたコミック『廃バスに住む』。Twitterでの公開とともに爆発的な人気を博し、商業連載されることになった話題作でもあります。
“おひとりさま車中泊”って何ですか?
“おひとりさま焼肉”や“おひとりさまカラオケ”は耳にしますが、“おひとりさま車中泊”は、あまり聞き馴染みがない言葉。もっとも、『おひとりさまの車中泊はフツーのことじゃない?』 そう心の中で突っ込まれた方は、本作品『廃バスに住む』にハマる可能性大……かもしれません。
むしろ、突っ込んだら負けな作品だといったほうが正しいとも? 突っ込みどころが満載なものの、実は意図的なフラグや仕掛けが大半で、突っ込むほど作品にハマってしまう。そんな麻薬的な香りが漂う、不思議な作品なのです。(使用経験はないので、あくまでイメージです)
ちなみに、もうひとつのキーワード“コメディ”は、あくまで「クスッ」と微笑むかどうかレベル。決して爆笑ではなく、特にシュールでも、ブラックユーモアでもありません。ただ何となく、「クスッ」「ククッ」。この感覚がけっこうクセになる作品です。
孤高の存在である主人公が愛する“ひみつきち”
主人公(=ヒロイン)・雨森はづきは、誰もが一目で惹かれてしまうほどの美人教師。「綺麗」「物憂げ」「儚さ」などの表現で例えられるマドンナながら、謎めいた性格や行動から、近づき難い孤高の存在だったりもします。
が、物語を読み進めるうちに、彼女の実態もわかってきます。単にマイペースで、どこか抜けていて、おまけに運が悪い結果、特異な生活スタイルになっているだけなのだと。
本人にそうした意識は薄いものの、自らの価値観が、他人と少し違うことは自覚している様子。逆に、それを楽しんでいる一面も。いわゆる天然系・不思議ちゃん美女なのです。
水道管破裂で部屋の一時退去を余儀なくされた彼女は、どうしようかなー……と思っているうち、なぜか空き地に放置された廃バスで暮らし始めます。
そこで、「なんでやねん」と突っ込んだら負け。廃バスから漂う“ひみつきち”(秘密基地)感に、ちょっとワクワクできたら勝ち。別に勝負する必要はないものの、なぜかこの後も毎話、作者から勝負を挑まれているかのような緊張感が続きます……。
すべてがユルく、淡々と進む日常系ストーリーなのに、どこかピンと張り詰めた空気感。この不思議な作風は、他の作品と比べようがない、独特な味わいだったりもします。
SNSから誕生した“おひとりさま”物語
ちなみに、この主人公・ヒロインは何もしません。
人前ではソツなく(でも淡々と)日常をこなし、生徒の名前はうろ覚え(会話時に必ず間違える)。なぜか落ち着く廃バス車内で、おやつを食べ、ゲームをして、ひとりニコニコ。自分の世界に入り込んだままでいられることが、何より至福なのです。
“帰宅”し、廃バスに「ただいま」と呼びかける彼女の時間は、まるで針が止まった時計のよう。どこか異世界転生的でもあり、日常の喧騒を忘れさせてくれる空間=廃バスが、読み手にとっても心地よい場となっていきます。
と同時に、自分だけの時間が流れる空間で、好きなことだけをしている彼女が、羨ましくなったりもします。
何もしないヒロインは、主張もしません。自己陶酔系作品にありがちな、小難しいメッセージも発信しません。どう読もうが、とう感じようが、お好きにどうぞ……。読者を突き放し、読者に迎合する素振りを一切見せない作風は、ちょっと新鮮です。
登場人物も、読者も、お互いに“おひとりさま”だからこそ成立する、安楽な世界観。それは、“おひとりさま”の双方向通信・SNSから誕生した作品だからなのかもしれません。不特定多数を相手にすることが宿命づけられた商業作品とは、成り立ちからして異なる“おひとりさま”物語。そんな新しい形の快感を、皆さんも味わってみませんか?