登山をテーマにした漫画といえば、その大半が本格的な“山物語”や“クライマー列伝”で、漠然と山登りに興味があるんだけれど……的な初心者向け作品は、意外なほど少なかったり。そんな中でも年齢性別を問わず万人にお勧めできそうな作品が、この『山を渡る -三多摩大岳部録-』なのです。
大学のワンダーフォーゲル部に運動音痴な女子大生が!?
『山を渡る−三多摩大岳部録−』のタイトル通り、物語は大学の山岳部を舞台に展開していきます。
大学のワンダーフォーゲル部!? それって、めっちゃ体育会系のガチなやつじゃ……?
などと思われるかもしれませんが、読み始めてみると意外なほどコミカル。登山&山が題材のドタバタ劇といった作風に、肩の力が抜けていくことでしょう。
物語は、部員不足で廃部寸前な大学の山岳部に、ド素人の女子大生(新入生)3人が入部することから始まります。
が、その3人は……
(1)幼少時から運動を避けてきた虚弱体質。山登りには競争やノルマがないと聞いたので、私でもできるかなって……。
(2)人生=ゲームのインドア派。「運動は苦手。走るとか意味わかんね」
(3)山岳文学を愛する読書少女。王子様=山男への憧れから山岳部に仲間入り。
とても登山に向いているとは思えない3人組が、本当に山ガールへと成長していけるのか!? そんな期待感をベースに、物語は展開していきます。
超エキスパートの本格登山VS.ド素人の山登り!?
・登山=RPG
・登山者=冒険者
・身を守る鎧=雨具
・魔物を倒す剣=ピッケル
・山岳部=ギルド
「仲間を見つけてパーティを組み、知力と体力を駆使して道への探求と冒険の世界へ!」
登山の魅力をゲームに例え、新入部員を勧誘する先輩たち。この描写だけでもコミカルな作風を物語りますが、男2人・女1人の3人しかいない山岳部だけに、先輩たちは部の存続に必死なのです。
とはいえこの先輩3人、実はかなりのエキスパート。ザイルやピッケルを手に高山を制覇しまくる、山男&山女だったりします。彼らの目標は、未踏の山を踏破すること。誰も経験していない魅力的な冒険を追い求める、熱き登山者なのです。
つまり、この山岳部は熟練者な山男&山女VS.ド素人の女子大生という、良くも悪くもシビアな構図になっているわけで。それこそガチャガチャな展開になりそうな設定ですが、なぜか作風はユル〜くコミカル(ゆるふわ……までは、いきません)。
この意外性が、読み手を飽きさせないポイント。「ハルタコミックス」(KADOKAWA)連載作品らしい線画の多さ=絵のクドさとも相まって、いい意味でクセになる作風を生み出しています。
楽しみながら学べる登山入門ガイド
物語の序盤では、先輩たちのアドバイスを基に、新入生3人が「登山者の“三種の神器”」ゲットを目指します。
実はこれ、初心者が山登りを始める際に必ず通る道。登山者の三種の神器:登山靴・ザック(リュック)・レインウェアを揃えることから、山道具の準備が始まります。
と同時に、その高価さには誰もが驚かされるはず。作中でも、新入生たちが「PS(プレイステーション)4が買えるじゃん!」と驚愕したり。まともに揃えようとすればPS5が2台は買えるわけで、そんなに高額なモノが本当に必要なの!? と。
でも、必要なのです。その高価さに意味があることも、3人の姿を通してわかってきます。
作中で描かれる山の情報、専門的な登山用語、各種の登山道具は、いずれも初心者には必要不可欠なことばかり。コミカルな物語を楽しみながら学べる、登山入門書・ガイドブックとしても優れた作品なのです。
登山漫画の多くは、一般層の感覚とはかけ離れた、本格的な山物語が主流です。それだけに、登山のイロハや基礎を系統立てて解説してくれる本作は、貴重な登山入門コミックともいえるでしょう。
山登りを始めて間もない方はもちろん、これから山に登ってみたい、漠然と山に憧れが……など、さまざまな“山好き”要素を優しく刺激する『山を渡る −三多摩大岳部録−』。山の楽しさ、山の魅力を、新入生3人とともに体験されてみてはいかがですか?