順風満帆な優等生の裏の顔……“裏アカガール”が相棒の“SNS探偵”
「これキミだよね? 花守イツキ……いや「ツキコ17才」と呼んだ方がいいのかな?」。成績も素行も申し分のない、順風満帆そのものの高校生活を送るイツキに、ある日とある男が声を掛けてきた。“SNS探偵”を名乗る彼・オノノキツカサのスマートフォンに映し出されていたのは、自ら下着姿を見せつける自撮りを載せた“承認欲求裏アカガール”のアカウント。イツキがひどく動揺するのも無理はなかった。なにせ自分のことなのだから。
オノノキによれば、“ツキコ”による電車が遅れた愚痴や「文化祭ダルい」の呟きから、路線、普段使いの駅と繋いで学校を特定。その学校名でSNS上を調べ、出てきた写真から“ツキコ”と同じ首筋にホクロのあるイツキに目星をつけた。決め手は、イツキが電車内で“ツキコ”のアカウントを確認しているところだった、という。「……目的は、何?」と身構えるイツキに、オノノキは裏アカを人質にしながら「オレの助手になれ」と言い放った……。
炎上、ストーカー、いじめ……SNSから解決する“現代版「安楽椅子探偵」”
いわゆる“探偵もの”に、「安楽椅子探偵」というジャンルがある。『山伏地蔵坊の放浪』(有栖川有栖/東京創元社)内で、編集者としてミステリー作家を多数育成した戸川安宣が寄せた解説における定義づけが分かりやすいので引用するが、これは「探偵役が一切捜査には出向かず、一人、ないし数人の報告者の話を聞いたり新聞その他の書類に目を通したりして得た材料だけを基に、推理し、真相を言い当てる」というものだ。
戸川はこの「安楽椅子探偵」について「本格ものの探偵が本来持っている性格の、極端な形である」「即ち、本来謎解きを主眼とする探偵に備わっている性格が、非常に顕著な形で表われたものだ」とも指摘している。『SNS探偵オノノキツカサ』を読んでみて、オノノキはいわば“現代版「安楽椅子探偵」”と言えまいか、と思い当たった。彼は、“安楽椅子に沈み込む”のではなく“SNSに潜り込む”だけで、「推理し、真相を言い当てる」からだ。
炎上、ストーカー、いじめ……。オノノキが専門とするSNS上での事件・トラブルは、日頃ネットに触れていれば一度は見聞きしたことがあるような内容ばかり。オノノキがイツキと“ツキコ”を結びつけた手順に、SNSから容易に“身バレ”する恐ろしさにヒヤリとするSNS利用者は少なくないはずだ。第1巻はイツキの話から繋がる“裏アカ”のエピソードを皮切りに“Vtuber”“炎上”なども題材となり、いずれも最後は“人”にたどり着く。ネット、SNSの先に必ず“人”がいることを強調する描写こそ、本作のキモなのだろう。
「どこまでが自分の本音で、どこまでが支持を得るための発言なのか」――“人”=“真相”はいずこに
SNSが個人と深く結びつく現代人について、佐々木チワワの『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)に「いいね!を得ることを前提に発言を考えないといけなくなり、どこまでが自分の本音で、どこまでが支持を得るための発言なのかを区別することが難しく」なった、という指摘がある。ネット、SNSにがんじがらめにされた“人”=“真相”はいずこに。「安楽椅子探偵」ならぬ“SNS探偵”が向き合う、現代ならではの厄介な謎解きだ。