思いもかけないテーマが魅力的で1巻を読んだらトリコに
1巻が発売された際、そのアイデアとストーリーにグイッと引き込まれ、2巻の発売が待ち遠しかったのが(※2巻は2022年7月に発売されたばかり)、今回紹介する『ラストカルテ -法獣医学者 当麻健匠の記憶-』。「法獣医学」という、普段はあまり聞き慣れない学問をテーマにした作品で、似たような用語に「法医学」があるが、こちらはドラマや映画、もちろんマンガにいたるまで、見聞きしたことがある人は多いだろう。では、法獣医学とは何か。
何となく想像はつくかもしれないが、法獣医学は言わば“法医学の動物版”。日本ではまだあまりなじみがないものの、20年ほど前からイギリスやアメリカを中心に広まり、人間の場合と同じく、動物の生死に関して医学的な見地から検証を行うというのが、作品の中でも説明されている。
本作では、さまざまな野生動物に関する謎や事件を取り扱い、法獣医学を丁寧に、かつ深く掘り下げていく描写が印象的。たしかに「野生動物が死んだらどうなるのか」など、動物の生死について思いのほか知らないことは多く、読んでいてとても新鮮で興味深い。
ミステリーな味付けが巧妙ながら軸となる法獣医学を丁寧に描く作風がGood
法獣医学が題材の作品ということもあり、獣医師が主役と思うかもしれないが、本作の主人公は高校生の当麻健匠(とうま・けんしょう)。彼はやりたいこともなく進路に悩んでいるのだが、そんなときカラスが公園で死んでいる現場に遭遇し、そこで同級生の茨戸爽介(ばらと・そうすけ)と、その姉で法獣医学者の雷火(らいか)を目撃する。高校生ながら姉の仕事を手伝う爽介が気になり、健匠は雷火の研究室を訪れることに……というのが、ストーリーの幕開けとなっている。
法獣医学者ではなく、進路希望調査を白紙で出してしまう高校生をメインに据えているところがポイント。用語をはじめ専門的な内容も盛り込まれているのだが、法獣医学の素人である健匠の目線で、読者も共に法獣医学のことを知りつつストーリーを楽しめるという構成が素敵だ。
また、紡がれていくエピソードは、健匠らキャラクターはもちろん“当事者”となる動物らが軸になっているのだが、そこに自然な形で死因究明の過程にミステリーな仕掛けが盛り込まれているのも◎。しっかり法獣医学を描きつつ、作品としての味わいを深めているのは読んでいてすがすがしい。
リアリティー路線で硬軟織り交ぜたエピソードは読み応え抜群
物語的には動物の死にまつわる話題が多めになってしまうものの、作中で健匠が口にする「法獣医学は死体を扱うからって悲しい学問じゃない。人間も動物も生きるための学問」というセリフが、本作に込められた一つのメッセージでもあり、現実世界を生きる人間と動物の関係性を表しているようにも感じる。
動物はあくまで動物として扱いつつも、彼らが死に至るまでの経緯をおもんばかる面もあり、可愛さだけではなく切なさも含め“現実”と真摯に向き合った動物の描写には好感が持てる。人情味が感じられる話など多彩なタイプのエピソードは、どれも基本的にリアリティー重視のテイストなのもよく、バランス感に優れた完成度の高い作風と言える。
作品タイトルに「法獣医学者 当麻健匠」とあり、ゆくゆくは主人公がその道を歩むのだろうと推測できるが、それに続く「記憶」というワードがさらなる想像をかき立ててくれる。彼が法獣医学者になるまでの記憶なのか、それともすでに法獣医学者になっている記憶を振り返っているのか。はたまた健匠が出合う動物たちの記憶なのか。ストーリーを楽しみながら、どのような展開となっていくのかといった“縦軸”にも注目してみたい。