バイク専門誌『月刊オートバイ』(モーターマガジン社)のweb版で連載されていた、バイクの魅力を“あるあるネタ”として描く作品『馬場郁子がこよなくバイクを愛す理由』。バブル崩壊後の就職氷河期に就活女子大生ヒロインの姿を通して描かれる、重苦しい逆風の時代を強く生きようとする女性像も見どころです。
必要とされず居場所もない自分=おんぼろバイク?
と同時に、彼女の“ばば=ババ=ジョーカー”的な、ブラック要素が物語の推進力にも……(全国の馬場さん、ごめんなさい)。およそヒロインらしくない、生々しすぎる人間像も、「マシンなのに単なる機械ではない」バイクと相通じるギミックなのかもしれません。
郁子は就活中の女子大生ですが、時代はバブル崩壊後の就職氷河期。「グローバル」「ビジョン」「スキル」「キャリア」等のカタカナ用語が飛び交い、ブラックさを象徴する“圧迫面接”が当たり前だった頃のお話です。
「必要とされたい。誰かに自分を肯定して欲しい。居場所が欲しい」
不器用でプレッシャーに弱く、自己アピールが苦手な(正直者な)彼女は、思うようにならない就活で辛い日々を過ごしていました。
そんなときに、ひょんなことから超マニアックで不人気なバイク・スズキGN250と出会います。多くの人が見向きもしない「必要とされず、もう居場所がない」廃車寸前のおんぼろバイクに、彼女は運命を感じたのでしょうか。免許も持っていないのに、就活でバイトもできず四苦八苦な日々なのに、ローンでGNを購入してしまうところから物語は始まります。
なんだそのご都合主義な展開は……と思われるかもしれませんが、実はこれ、バイク乗りには「あるある」なエピソードだったりもするわけで。
人はなぜ「暑くて寒くて濡れて不便な」バイクに乗るのか
そもそも、なぜ人は「夏は暑くて冬は寒く、雨が降ればびしょ濡れになり、荷物も積めない」バイクに乗るのか。
本作品の各エピソードには、バイク乗りを悩ます永遠のテーマが散りばめられています。前述の「バイクに乗り始めたきっかけ」も、そのひとつ。「~だから」「~のために」などと明確な理由でバイクに乗り始める人は、実は少数派だったりも。
経緯は偶然でたまたまなのに、気づくとハマっている。それがバイク沼で、世の中の“趣味沼”とも相通じるものがあります。カメラやオーディオ(AV器機)趣味にどっぷりハマった過去を持つバイク乗りが言うのだから、間違いありません(苦笑)
本作では、バイクとは無縁だった女子大生が、バイク沼にハマっていく姿を描きます。重苦しい時代背景や、思うようにならない生き様、人生観を形成する悩みや出会いとともに。永遠のテーマ「人はなぜバイクに乗るのか」が、面白おかしく、かつ「うん、わかる」的に解き明かされていく。一話完結で単純明快なストーリーだからこそ、作者の想いも強く感じられます。
ただ、長くバイクに乗っているベテランライダーほど、この作品は物足りなく感じられるかもしれません。バイク雑誌の連載作品=本格的なバイク漫画のイメージを持っていると、肩透かしを食う可能性も。
逆に、二輪免許を持っていない人にこそ読んで欲しいとも。多少なりとも興味があり、「機会があれば免許を取ってみようかなぁ」などと思っている方には最適解かも?
世の中の逆風に立ち向かう女性ライダーは強い!
コロナ渦の現在、密を避ける移動手段としてバイクに注目が集まり、二輪業界には空前のブームが巻き起こっています。教習所は人であふれ、入所に時間がかかったり、新規受付を停止するところまで……。増産体制に追われる各メーカーは「売るモノがない」状況で、納車まで半年待ちは当たり前、受注一時停止に陥る車種も相次ぎ……。
考えてみれば、これもコロナ渦による偶然の産物でしょう。混沌とした世の中に見え隠れする重苦しい時代背景や、人々の切羽詰まった生き様は、本作の舞台・バブル崩壊期とも相通じるわけで。
そんな状況にも負けず、第一段階で10時間オーバーしながらも(←おい!)教習所を卒業した郁子は、無事にライダーの仲間入りを果たします。そして、やはり人生に重荷を抱えた、女性ライダーたちと出会うことに。
バブル崩壊~家庭崩壊で自身の黒い内面に気づいたものの、その黒さを証明しようと逃げ込んだバイクに乗れば乗るほど、心に広がる黒い闇が払われていくことに気づく久子。
幼少時から理不尽な不平等・差別に泣かされ続けてきた反発から、「力=パワーこそ、すべて!」と最速バイクの世界にハマった愛。
一癖も二癖もある仲間たちに支えられた郁子は、いつしかバイクを自分で分解整備するほどのエンスー(エンスージアスト=熱心家、熱狂者)へと成長し、バイクライフを通して自らの人生も切り開いていきます。
「新しい景色は前にしかない。それを教えてくれたのが……バイク」
バイクで走り続ける彼女の前には、『馬場郁子がこよなくバイクを愛す理由』でもある、新たな景色(=生きる道)が拡がります。彼女と同じ景色を求め、今日も走り続ける世の中のバイク乗りとともに。