『サイコ×パスト 猟奇殺人潜入捜査』——異色の設定と巧みな犯罪描写が輝く佳作。被害者として過去に戻り連続殺人事件を解決せよ

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『サイコ×パスト 猟奇殺人潜入捜査』(本田真吾/秋田書店)
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猟奇殺人の被害者の意識を追体験する、不可思議な刑事漫画

過去から現在に至るまで、世の中では数多くの事件が発生している。

その概要を報道で知ることはできるが、詳細まで分からないことも多い。被害者やその家族に同情こそすれ、事件当時の彼らの心情まで察しようとする人は少ないのではないだろうか。

『サイコ×パスト 猟奇殺人潜入捜査』は、殺人事件の被害者の意識を追体験するユニークな作品だ。主人公の刑事は、被害者の意識と入れ替わることで過去へと戻り、事件解決のために奔走する。当然現実ではあり得ない設定だが、二次元作品ならではの希望があって良い。

テレビ番組での特集報道やドラマ化などがない限り、あまり考えることのない被害者心理。本作には、迫り来る死への恐怖や、どうすることもできない現実に対する虚無感がよく描かれている。たとえ被害者の行動に落ち度があったとしても、殺害される恐怖や絶望を味わう理由にはならないのだ。過去に起きた「桶川ストーカー殺人事件」などにおいては、偏向報道によって被害者やその家族に心無い言葉が浴びせられた。多くの人が事件の外側ばかり見て、被害者の心情を考えようともしない。強い恐れや苦しみの中で生き絶えるのは、どんなに辛いことだろう。本作にふれて一度考えてみてほしい。

熱血漢の刑事・五代一哲は、度重なる犯人への過剰暴力によって捜査第一課から捜査第五課への異動を命じられる。

新たに上司となった課長の飛高紫苑は、超能力捜査官であった。五代は飛高の能力によって、被害者の意識と入れ替わることで過去へと戻り、連続殺人事件を未然に防ぐという任務を与えられる。半信半疑の五代ではあったが、気付いた時には「兵庫・乳房切除連続殺人事件」の被害者になっていた。果たして五代は無事任務を遂行できるのか。どれだけの事件に潜入すればいいのか。飛高が捜査第五課を創設した理由とは――。

自然と引き込まれるスピーディーかつスムーズな物語展開

作画はダイナミックで躍動感がある。加害者を絶対悪として強い憎悪を抱くまっすぐな主人公・五代とシリアルキラーにスター性を感じ犯罪心理を学びたいと願う飛高、動と静、対照的なキャラクター性にも惹かれる。

物語はスピーディーに進み、停滞感もなくテンポが良い。とは言え、被害者の恐怖や苦しみはしっかりと表情や効果的な文字で表現されており、線や影の工夫でおぞましく描かれた加害者との対比によって、空間に満ちる恐怖まで巧く描出している。異色な設定ではあるが、意識交替後の体力の変化や環境による意識の変化も考えられているため、あまり違和感はない。

また、意識交替後の五代の描写は特筆して素晴らしい。その動きや表情だけで、意識が入れ替わっているのが明らかなのである。被害者に自然と浮かぶ後悔や恐怖、加害者に表れる怒りや狂気、その全てが表情によって見事に描き出されている。

五代の最大の武器は“情報”。裏を返せば、情報がなければ被害を免れることは無理に等しいということだ。犯人のターゲットになった時点でどれほどの恐怖を感じるかが伝わってくる。

本作は、被害者心理はもちろん加害者心理も丁寧に描いている。加害者がなぜ事件を起こすに至ったか、そこにどんな背景があるのか。最初の潜入先である「兵庫・乳房切除連続殺人事件」においては、子離れできない母親が最大の要因といえる。この事件はフィクションだが、現実の事件においても、犯罪に至る要因の1つに生育環境に挙げられる。過去の事件から学び、根本から改善できれば、時間はかかってもこの先事件の発生件数を減らすことができるかもしれない。大切なのは“気付き”だ。

本作には未だ多くの謎が隠されている。

五代が任務を終えて現在に戻ると、未来は変わり、過去にはなかった新たな情報があった。飛高は警視総監の息子でもある。彼がなぜ捜査第五課を立ち上げたのか、その理由に警察が関係しているのかもしれない。

また、五代は猟奇殺人鬼によって家族を殺害された過去を持つ。事件の詳細は描かれていないが、今後捜査第五課での捜査とも関係してくるかもしれない。

無二の設定や展開の早さによって思わず引き込まれてしまう本作。事件解決に向けた物語の面白さもさることながら、この先明らかになりそうな巨大な闇からも目が離せない。

新感覚の面白さが光る、殺人事件を多角的に読み解くサスペンス

『サイコ×パスト 猟奇殺人潜入捜査』は、本田真吾氏による、被害者の立場から連続殺人事件へと潜入し、事件解決を図る新たなスタイルのクライムサスペンス漫画である。月刊少年漫画雑誌「別冊少年チャンピオン」(秋田書店)にて2022年1月号より連載開始、未完、現在既刊2巻。

仔細まで丁寧に描かれているので説得力があり、読み応えも抜群だ。

ただ、リアリスティックな作画ではないが、相当グロテスクな描写があるので苦手な人は注意が必要。非常に気色悪い恰好をした、加害者の姿を見ただけで卒倒してしまう人もいるかもしれない……。

最初の被害者は女性のためか、作中で女性が男性に危害を加えられそうになった時、対抗するための術も少し描かれている。とても参考になるので覚えておくと良いだろう。本作を読んでおけば、何か良からぬことに巻き込まれた際に役立つことがあるかもしれない。

加害者との命をかけたやりとりの他に、事件によっては謎解きの面白さもある。多くの点で魅力的なので、どんな漫画が好きな人にでもぜひ読んでもらいたい。知らぬ間に漫画の世界へ没入しているはずだ。

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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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