かつての誰かの言葉や愛が、生きる糧になることを教えてくれる『雑草たちよ 大志を抱け』

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『雑草たちよ 大志を抱け』(池辺葵/祥伝社)

地方都市に生きる女子高生たちの切なくも可愛い青春群像劇を綴った、池辺葵による傑作連作集『雑草たちよ 大志を抱け』。スクールカースト低めの地味で平凡な5人の女子たちの日常がほのぼのとしたタッチのビジュアルで描かれていて、当時は毎日うんざりするほど退屈だったはずなのに、今から考えると「なんと芳醇で贅沢な時間だったのだろう……」と思えないでもない“あの頃”に、ほんの束の間だけ、タイムスリップしてみたくなる。

著:池辺葵
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推しキャラは「素直になったら恥かくだけや」と頑なにバリアを張って生きる“がんちゃん”

主な登場人物は、ゲジ眉を気にしているお人好しのがんちゃんと、毎朝寝坊するがんちゃんのことを必ず家まで迎えにくるひーちゃん。“推し”である男性アイドルの言葉に日々励まされ、努力を怠らない久子。虫が好きで、電車内ではがんちゃんの膝の上が定位置の転校生のピコ。そして物分かりがよく手のかからない優等生だけど、持久走は苦手なたえ子、という5人の女子たち。どの学校にもいそうなモブキャラであるにもかかわらず、それぞれが相手の特性をちゃんと理解していて、それを直接本人に伝えたり、別の子に説明したりしているところに、心を揺さぶられずにはいられない。

なかでも筆者が個人的に目が離せなかったのが、いつも英和辞典『ジーニアス」を借りに来る幼馴染の高遠にほのかな恋心を抱いているのに、高遠が想いを寄せている別の可愛い女の子(かおるちゃん)に自ら探りを入れて、恋のキューピッドになってあげるがんちゃんだ。ピコから「高遠が好きなんじゃろ」と聞かれても「そんなわけないやん」と即答し、「がむしゃらに素直にならんと、幸せは掴めんき」というピコの言葉に、「素直になったら恥かくだけや。私は鋼鉄のバリアで自分の心を守るんや」と自分で自分に言い聞かせているがんちゃんのいじらしさを目にすると、まるで同志のように感じられ、思わず駆け寄ってハグしたくなる。

さらに、がんちゃんが、下校途中のかおるちゃんに「一緒に帰ろう」と声をかけ、「かおるちゃんとはいつもあたりさわりない話しかしていないけど、今日はちょっとふみこむよ」と事前に“断り”を入れてから話の核心へと迫るところにも「カッコイイな~」と感心したし、その光景を遠くから見つめいたたまれなくなったピコが、「ニヒルぜよ、がんちゃん」とつぶやき、その後、ひとりで自宅で泣き笑いしているだろうがんちゃんを何も言わずに励ますために、「自分が踊っている動画を送りつける」ところにもグッときてしまう。

「互いの弱さを理解しながら、自分にできる範囲で補い合って生きる彼女たちなりの友情

物語の後半、がんちゃんには、かつていじめられているクラスメイトをかばって逆に自分がいじめの標的になってしまっただけでなく、なんと最初にいじめられていた子にまで裏切られ、ひとりで孤立してしまった過去があることが、ある人物によって明かされる。しかも、その人物は「あのときがんちゃんがかけてくれた言葉を思い出すとさ、これから何があっても生きていけるって思うんだわ」とも語っており、そこで改めてがんちゃんの偉大さを思い知らされる。と同時にその話の顛末に「いやいや。いくらなんでもお人好しすぎるのでは……?」と心配になってしまったが、「なるほど。だからいつも○○はこうなんだ……」と、それまでの彼女たちの行動理由にも合点がいき、誰しもが持つ弱さを互いに理解しながら、自分にできる範囲で補い合って生きる彼女たちなりの友情に、しみじみとさせられた。

エピローグでは、高遠と付き合い恋を知ったことで、かおるちゃんの変化を目の当たりしたがんちゃんが、「あんな寂しい顔で笑うようになるんやったら、恋なんかしたくないな……。私は、私の心は誰にもわたしたくないな……」とつぶやいたあと、すかさず「まぁ、まず誰もほしがらんわな(苦笑)」と自虐的に笑い飛ばす場面が登場する。

相変わらずの“がんちゃん節”にニヤリとさせられたが、その後、ある意外な人物ががんちゃんの頬っぺたを両手で包みながら、「そんな寂しいこと言わないで。愛した人に愛されるって、すばらしいことよ」と諭し、「愛することにも、愛されることにも、素直でいなくちゃ」と語り掛ける場面には目を見張った。なぜなら、その人物の仕草と表情、言葉には、決して楽ではない人生を選んで生きてきたであろう大人の女性としての実感がこもっていて、「“愛”で苦労してきたであろうその人が、そんなことを言うなんて!」と驚かされたからだ。同時に、「かつて誰かにかけてもらった言葉や愛が、その後の人生の糧になることもあるのだ」と、思い知った一冊となった。

著:池辺葵
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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