漫画誌やネットではなく、女子高校野球の現場から「女子野球を広めたい」と生まれた異色作品『花鈴のマウンド』。「女の子だって甲子園!」を合言葉に、無名高校から全国を目指す女の子たちが奮闘する、今どき珍しいほど純粋な青春ストーリーです。
毎夏に開催される女子高校野球の全国大会
甲子園&高校野球といえば夏の風物詩ですが、毎年8月に「全国高等学校女子硬式野球選手権大会」が開催されていることをご存じでしょうか。
兵庫県丹波市にある「つかさグループいちじま球場」(スポーツピアいちじま)、ブルーベリースタジアム丹波〔春日スタジアム〕(丹波市立春日総合運動公園野球場)の両球場が主な舞台で、主催する丹波市の全面協力もあり、年々開催規模を拡大。昨年(2022年)は、全国各地から49校が出場しています。
男子の甲子園も最近は部員不足で、合同チームや連合チームが増加中ですが、女子野球でも部員不足の高校が合同チームを組んだり、学校に女子野球部がない選手も連合チームという形で出場が可能。野球をやりたい女の子たちに、できるだけ門戸を広げてあげよう。そんな意図が明確な大会でもあるのです。
そして2021年からは、決勝が甲子園球場での開催に。メディアで取り上げられる機会も増え、近年になって女子高校野球を知った方も少なくないのではないでしょうか。
女子野球の現場から生まれた異色作品
本作のキャッチコピーは「女の子だって甲子園!」ですが、同時に「この漫画が現実に!」「予言本」などの煽りが併記されるようになった経緯には、前述の甲子園開催があります。
実はこの作品、原作者はサプリメントなどを取り扱う総合健康企業「わかさ生活」代表取締役社長・角谷建耀知氏。かつて関西を中心に展開していた、日本女子プロ野球機構(JWBL)の創設者でもあります。
女子野球を応援し続け、その恵まれない環境をよく知る制作陣が、野球好きな女のたちにも甲子園の夢を見させてあげたい……と生み出した漫画が、本作『花鈴のマウンド』なのです。
夏の選手権大会開催中は、阪神電気鉄道甲子園駅に宣伝看板などが掲示されるため、甲子園に野球観戦で訪れた方はタイトルに見覚えがあるかも? 選手権大会の公式ガイドブック『週刊朝日増刊 甲子園○○(開催年の西暦)』(朝日新聞出版)にも、広告が掲載されています。
「野球に男子も女子も関係ありません!」
物語の主人公・桐谷花鈴は、野球界では無名の都立星桜高校に通う高校3年生。中学時代からエースだったものの、球種がストレートしかないことで伸び悩み、ライズボール的な“魔球”を身に付けようと努力中。明るく前向きなキャラで、精神面でもチームを支える大黒柱。
とはいえ、メンバー全員が本気で全国を目指しているわけではなく、チーム自体もまだまだ発展途上。スポ根作品ではないため、チームメイトと一緒に一歩ずつ成長していく花鈴の姿が、物語の核となります。女の子たちらしく、ときには野球より可愛いモノやボディ&ヘルスケアが優先……されちゃう一幕も。
でも、そんな微笑ましい光景がまた、良くも悪くもリアリティを感じさせるわけで。読者受けや王道パターンを重視しすぎる商業誌ベース作品とは、趣を異にする作風ともいえそうです。
いっぽう、画力や構成・演出力、仕上げ、背景といった漫画の基本要素では、やはり商業誌作品に劣る面も否めず……。このあたりをどう捉えるかで、本作への評価は大きく変わるかもしれません。
物語前半~中盤にかけて、花鈴の幼馴染で、男子野球部の中心選手・大門が甲子園を目指すストーリーに偏重しすぎる構成も、女子野球の物語を期待すると空回り感が……。あと一歩で甲子園を逃した大門の想いを、花鈴が受け継ぐという構成の意図はわかるのですが。
そこで挫折せず、中盤以降へと読み続ければ、花鈴のライバルとなる魅力的な女子有力選手が続々と登場します。果たして花鈴は、ライバルたちに投げ勝ち、憬れ続けた甲子園のマウンドに立てるのでしょうか!?
「野球に男子も女子も関係ありません。全国の皆さんに、プレーでその熱い想いを届けましょうね!」
花鈴の親友で、ライバルとなった“スーパーガール”柊木美玲の言葉に、嘘はありません。野球好きな人ほど、その想いに胸を打たれるのではないでしょうか。彼女たちが目指す、夢の舞台に向けて。