※ややネタバレあり
元東京帝国大学生で数学の天才、櫂 直(かい ただし)は山本五十六海軍少将に請われ、主計少佐として海軍に着任。目的は巨大戦艦大和の建造計画を阻止すること。不当に安い見積りを業者に作らせ強引に造船計画を通そうとする敵対勢力の企みをつぶし、航空機を主力とする新しい海軍を作る。そのビジョン実現が山本五十六の狙いだった。
戦争を舞台にしたお仕事もの?ではなく超骨太な歴史エンタメ戦記
読み始める前は数字を駆使して軍部内の不正を暴いていく『これは経費で落ちません!』(青木 祐子/集英社)のような経理お仕事ジャンルを想像していたが、それはとんでもない勘違いだった。『アルキメデスの大戦』は史実をもとにした第一級の架空戦記・戦争エンターテイメント漫画なのだ。
山本海軍少将に請われてしぶしぶ軍人になった櫂であったが、列車の中で赤子をおぶった若い母親と出会う。赤ちゃんの柔らかな手と頬を眺め、「この国の平和を守る」、「そのために自分にできることは何でもする」ことを決意。その天才的頭脳と悪魔のような弁舌の巧みさで次々と難事業を成し遂げていく。
この活躍ぶりがヒーロー冒険活劇としてとんでもなく面白い。米国の女性スパイに自ら近づき篭絡。彼女を二重スパイに仕立て偽の情報 - ”日本は米国と同盟を結ぶ用意がある”というメッセージを米国に流す。陸海軍と政府に直訴し和平講和使節団を結成させ自ら渡米(あの瀬島龍三も一緒に!)。ルーズベルト大統領と直接交渉し同盟関係の構築合意まで獲得してしまうのだ。果たして、史実に反して日米開戦は回避されるのか・・・?
山本 五十六(やまもと いそろく、1884年〈明治17年〉4月4日 – 1943年〈昭和18年〉4月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は元帥海軍大将。栄典は正三位大勲位功一級。旧姓は、高野(たかの)。海軍兵学校32期生。第26、27代連合艦隊司令長官。前線視察の際、ブーゲンビル島の上空で戦死(海軍甲事件)。皇族・華族以外で、日本における国葬の栄誉を受けた最初の人物である。
山本 五十六-Wikipedia
瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年(明治44年)12月9日 – 2007年(平成19年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。陸士44期次席・陸大51期首席。位階は従三位。太平洋戦争のほとんどの期間を参謀本部部員(作戦課)として務めた。最終階級は中佐。戦後自衛隊からの誘いを断り伊藤忠商事へ嘱託で入社。航空機部、業務本部など経て副社長、会長に就任。退職後は中曽根康弘元首相の顧問など多くの職に就任し、「昭和の参謀」と呼ばれた[1]。
瀬島龍三-Wikipedia
戦争が始まる力学-日本はなぜ開戦を選んだか?
この作品で櫂の敵となるのは終始、国内の政局や軍部内のもめごとである。例えばそれは海軍と陸軍の根深い対立、満州国で更なる利権拡大を狙う関東軍、いちどトップが「こう」と決めたら現場判断が認められず玉砕覚悟で作戦を遂行せざるを得ない組織構造・・・
戦争に至る意思決定は頭のおかしな独裁者の独断などでは決してない。国同士のパワーバランスと自国の経済事情、獲得資源の制約。自国民の民意。国内の様々な組織の正義と政治的思惑。それらが合致した結果として戦争は選択されるのである。
仮想敵国である米国も一枚岩ではない。おりしも関東軍による満州の利権独占と横暴に腹を立てていた米国は日本を叩きたい。しかし自分から手を出すわけにはいかず専守防衛という正義の御旗が必要。であれば日本との開戦を望むタカ派の側近は大統領にどう進言するか・・・?
こういった各プレイヤーの立場と意図が複雑に絡まりあう状況を把握し、胆力と思考を武器にひとつひとつ駒を進め、ゲームを支配していく櫂の活躍は本当に痛快だ。「こいつなら本当に歴史を変えられるのでは!?」とまで思わせてしまうのだ。のちにルーズベルト大統領は側近にこう語るほどである(笑)。「我々が相手にするのは・・・東條でもエンペラーでもない!敵はカイ・タダシだ!我々はカイ・タダシと戦うのだ!」
『アルキメデスの大戦』は戦後処理を真正面から捉えることができるか?
史実ものの楽しみとして歴史上の人物と主人公の交流があるが、ルーズベルトだけではない。堀越二郎と意気投合し、マッカーサーと世界平和について語らい、東条英機には激論の末に銃を突きつけられ、ヒトラーには嫌味を放ち周囲を凍りつかせる。
空気を読まず言うべきことを言い続ける櫂の生き方に、組織の中で周囲に気を遣って汲々と働く諸兄も共感と憧れを抱くことだろう。
『アルキメデスの大戦』は2023年8月現在「ヤンマガWeb」にて連載中。既刊34巻。2019年には菅田将暉主演、山崎貴監督によって映画化され135万人を動員するヒットとなった。作品の時系列を戦前・戦中・戦後の3つに分けるなら、漫画原作は最終編となるであろう戦後を迎えている。
太平洋戦争をテーマにした漫画として「戦後処理」をどのように捉え、対峙するかで作品価値は大きく変わってくるだろう。「戦犯」をどのように裁き、罰を与えるのか?戦勝国側の裁判に不当はなかったのか?戦犯達はどのような心持ちで最後を迎え、どんな言葉を残すのか・・・?
自分の死期を悟った山本五十六は生前、櫂にこのような言葉を託す。「これからの日本を くれぐれも よろしく頼む」と。
櫂は山本の言葉に応え国家再興の礎を作ることができるのか?はたまた志半ばで散ってしまうのか?前者であることを切に祈り、櫂の戦いを最後まで見守りたい。
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