町田洋の9年ぶりの新刊『砂の都』。軽やかな筆致と漆黒のコントラストに引き込まれる

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『砂の都』(町田洋/講談社)

以前紹介した『夜とコンクリート』(祥伝社)の町田洋が、2023年5月23日に発売した最新刊『砂の都』。人の記憶が建物となって建つ不思議な砂漠の孤島に住む青年が、いつも新しい建物が建つと見に来る少女と出会ったことから始まるファンタジックなストーリー。「#1オアシス」「#2誕生」「#3銀国」「#4迷路」など、講談社のWEB漫画サイト「モーニング・ツー」で発表された8つのエピソードを収録。シンプルかつ余白の多い独特な画風&シュールな設定であるがゆえに、より際立つ本作の魅力を、お気に入りのエピソードとともに紹介したい。

著:町田洋
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目次

自分が死んだら、いつの時代のどの記憶で、どんな建物が建つだろう?

本書は、Kindle版の巻頭4ページのみ薄い水色とベージュのグラデーションで色付けされているが、それ以外のページは基本的にすべてモノクロだ。グレースケールで描かれた誌面に突如登場する小さな白い星が瞬く美しい夜空の描写に、ハッとさせられずにはいられない。ページを捲るうち、白やグレーで構成された世界に黒のベタ塗りが筆者の目に飛び込んで来て、そのコントラストが生み出す漆黒の闇のなかに吸い込まれそうになるからだ。

8つのエピソードのうち特に筆者の印象に残ったのは、「#3 銀国」「#4 迷路」、そして「#7 その時雲は早く流れていて」の3本だ。実は、「記憶が建物になる」という設定があまりにもシュールすぎて、物語の冒頭ではどういうことなのかいまいちピンと来ていなかった。だが、「#3 銀国」に登場する「亡くなった近所のお祖父さんのもとを楽団員たちが弔問に訪れ、とっくの昔に取り壊されたはずの立派な野外コンサートホールが、突如出現する」という不思議なエピソードを読んだとき、「そういうことか!」と、ようやく腑に落ちた。

楽団員たちが、「1956年のジグラット・ホール」「あれは素晴らしい演奏だった」「隣で弾いていて鳥肌が立ったよ」と口々に盛り上がり、「あの夜のことは、あの世でも語りたいようだ」と、巨大な恐竜の化石が天空を舞う野外コンサートホールで思い出の曲を演奏する姿を見て、「きっとあのしょぼくれたお祖父さんも、若かりし頃は演奏家だったんだ!」と状況が飲み込めた。そして、「いつか自分が死んだらいつの時代のどんな記憶をもとに、どんな建物が島の上に出現するだろう……?」「ゴールデン街みたいな飲み屋が建ったら面白い」「いや、仕事でよく行くスタジオかも?」と、妄想するだけで楽しくなってきた。

ラスト数ページを飾る数コマの、アーティスティックな軽やかさ

2つ目の「#4 迷路」では、巨大迷路そのものの自分の人生を、俯瞰で眺めたかのような不思議な気分が味わえる。いったいどういうことなのか気になる人は、ぜひとも本編を読んで欲しい。「ここに出現した巨大迷路もきっと誰かの記憶に基づいている」と思ったら、自分の人生を巨大迷路に重ね合わせることは、あながち的外れでもないような気がする。

3つ目の「#7 その時雲は早く流れていて」では、うつろいゆく心模様が「小説を書く」という行為を媒介にして描かれる。類まれなる文才がありながらも、結婚してから物語に興味がなくなり、小説を書くことをやめてしまった姉と、姉ほどの文才がないことは自覚しながらも、いまの気持ちを忘れないように、島を舞台に長編小説を書き上げる妹の物語。そして、建築を学ぶために街を出ようとする青年と、先述した「妹」である少女のささやかな心の通い合いが、クライマックスのエピソードである「#8 都」へと繋がっていく……。

「#8 都」のラスト数ページの筆致の軽やかさは、もはや「漫画」という重力からも解き放たれているかのような、太古に描かれた洞窟壁画のような、原始的かつアーティスティックな輝きに満ちている。この世に変わらないことは何ひとつなかったとしても、記憶や感情を誰かと共有したいという思いはきっとなくならない。そんな大切なことを、気付かせてくれる一冊だ。

著:町田洋
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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