殺人鬼の花嫁を“わかってあげる”ことはできるのか? スリリングな結婚の行方とは…『夏目アラタの結婚』

当ページのリンクには広告が含まれています
『夏目アラタの結婚』乃木坂太郎/小学館
目次

「自分をわかってくれる人がいたら」――“殺人ピエロ”が残した嘆き

「自分をわかってくれる人がいたら、ジョン・ウェイン・ゲイシーであることがどんなにつらいことかわかってくれる人がいたら」。

「感情の一部が欠如している」という点において特筆される精神病質者……そんな「サイコパス」の診断基準を開発した、精神病理研究の先駆者ロバート・D・ヘアが記した『診断名サイコパス~身近にひそむ異常人格者たち』に、スティーブン・キングの小説『IT』に登場するペニーワイズ(近年の日本のネット界隈では、排水溝からあれやこれやとオススメしてくる姿をよく見かけるアイツだ)のモデルともされる、かの有名な“殺人ピエロ”が残した嘆きが紹介されている。

表向きはピエロに扮して慈善活動に励み、その裏で「三十三人の青年と少年を拷問の末殺害し、自宅の地下室に埋めた」ことから、“殺人ピエロ”の異名で呼ばれるようになったのがゲイシーだ。

そんな彼だが、自供では「だまされて子供時代を奪われた」などと、自分も被害者だとするようなことを言ったという(ピーター・ヴロンスキーの『シリアルキラーズ』には、ゲイシーが「自分の中の“もう一人の男”が人殺しをした」という旨を語ったことも取り上げられている)。

ヘアいわく、サイコパスに良心の呵責や罪悪感が欠如していることは、自分の行動を正当化する能力や、行動の責任を無視する能力につながっているとのこと。そのために、「記憶喪失、健忘症、一時的意識喪失、多重人格、一時的心理喪失などは、サイコパスの審問のときなどに絶えず出てくる」ようだが……。

『夏目アラタの結婚』 に登場する、ゲイシーを想起させる連続殺人犯の“品川ピエロ”品川真珠のつかみどころのない言動も、はたしてそういったものなのだろうか?

「俺と、結婚しよーぜ!!」塀の中の花嫁は、有名連続殺人犯

『夏目アラタの結婚』は、坂口憲二主演でTVドラマ化された『医龍』などで知られる乃木坂太郎の最新作だ。

元悪ガキらしい血気盛んぶりで“鉄砲玉”を自称する、自分が世話になった児童相談所に今は職員として勤める夏目アラタ。彼はある日、とある担当児童から「父を殺した犯人に代わりに会ってほしい」と頼まれる。

父が、世間をにぎわせた連続バラバラ殺人事件の被害者になってしまったその児童は、まだ見つかっていない父の遺体の一部……首のありかを聞き出すべく、アラタを騙り犯人と文通をしていたのだ(余談だが先述のゲイシーにも、自分に興味を持ち手紙を送ってきた少年と文通をしていたというエピソードがある)。

児童に代わり、「直接会って話そう」と提案してきた犯人……逮捕時のピエロの扮装から“品川ピエロ”の異名を取り、一審で死刑の判決が下された連続殺人犯の女性・品川真珠との面会に臨むことになったアラタは、そこに現れた彼女の殺人鬼らしからぬ線の細い姿に驚き、思わず地を出してしまった。

一方の真珠もアラタをひと目見て、すぐさま「思ってたのと、違う」と立ち去ろうとする。彼女を引き止めるため、とっさにアラタの口から飛び出したのは、「俺と、結婚しよーぜ!!」というプロポーズの言葉だった……というのが冒頭の展開だ。

“ペテン師にキスされたら、歯が何本残っているか数えたほうがいい。”――ヘブライのことわざ

そんな出会いから始まった、拘置所のアクリル板越しの“逢瀬”。色気のある、妖しくも美しい筆致が持ち味の乃木坂は、その画力をもって『医龍』のほか『幽麗塔』や『第3のギデオン』でも“在り方”に悩むキャラクターを据え、その心の内を絶妙な表情で描き出してきた。

本作の登場人物、そしてシチュエーションには、ますますもってそんな乃木坂の本領が発揮されているように感じられる。

かなり頭が切れるらしい真珠は、面会のきっかけとなった手紙に関して二重にカマをかけるなど、言動の節々にアラタの真意を察している様子をうかがわせる。しかし、それでもプロポーズをきっかけに何故かアラタに執着し始め、やがて予想しえない振る舞いを見せるようになる。

一方のアラタも、真珠との関係を“ガラス越しのおままごと”と割り切り、「児童の父の首のありかを聞き出す」という目的のために彼女の素顔に近づこうとしていた……はずが、やがて寄り添っていくうちに当初は持ちえなかった感情を持ち始めてしまう。

追い詰め、追い詰められ……。お互いが承知のうえで本音を隠しつつ、しかし時おり覗く素顔が突き動かしていく駆け引きの行き着く先とは。大量殺人犯にして死刑囚。最も謎多く恐ろしい妻を「わかる」ことで、アラタにはどんな結末が待ち受けているのだろうか。

最新第4巻が発売され、声優の小野友樹がアラタに、鬼頭明里が真珠に命を吹き込んだボイスドラマが付属することでますます盛り上がりを見せている“最恐の結婚”の行方を、この機会に追いかけ始めてみてはいかがだろうか。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

目次