『ヨルムンガンド』は武器商人の北欧神話的ロードムービーかもしれない

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『ヨルムンガンド』(高橋慶太郎/小学館)

2006年から2012年まで「月刊 サンデーGX(ジェネックス)」(小学館)で連載された『ヨルムンガンド』は、武器商人を題材にしたガンアクション。2期にわたってアニメ化される(TOKYO MXなどで放送)など、2000年代序盤を代表するアクションドラマのひとつといっても良いでしょう。

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“ヨルムンガンド”――語源は北欧神話に登場する大蛇の幻獣

“ヨルムンガンド”とは、北欧神話に登場する大蛇の幻獣・ミドガルズオルムの別名。

「五つの陸を食らい尽くし 三つの海を飲み干しても 空だけはどうすることもできない。 翼も手も足もないこの身では」

そう嘆く世界蛇ヨルムンガンドとは裏腹に、五つの陸をまたにかけ、三つの海を自在に渡り、空を飛ぶ翼まで手にした世界的な武器商人の物語が、本作『ヨルムンガンド』。兵器を売る場所なら何処へでも……鋭敏な嗅覚で世界各地へ飛ぶ武器商人の生き様を描く、タフ&ワイルドなドラマが繰り広げられます。

“ヨルムンガンド”といえば、アニメ作品『機動戦士ガンダム MS IGLOO』に登場したジオン軍の試作艦隊決戦砲を思い浮かべる方も少なくない? 第二次世界大戦時にドイツ軍が開発していた巨大砲がモデルとされますが、当時のドイツ軍には、もうひとつの“ヨルムンガンド”が存在しました。

アメリカ本土爆撃用に計画された重爆撃機ユンカースJu 390がそれで、実際には試作機が開発されたのみ。このJu 390こそ、『紺碧の艦隊』(原作・荒巻義雄、作画・居村真二/徳間書店)に登場するドイツ軍(架空)超大型六発重爆撃機“ヨルムンガンド”のモデルなのです。

などと、北欧神話だった“ヨルムンガンド”は、現代の戦争武器・兵器に例えられることも多いわけで。そんな背景を思い描きつつ本作『ヨルムンガンド』に触れると、また違った感覚が芽生えてくるかもしれません。

著:高橋慶太郎
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「世界平和のため」兵器を売る武器商人

この『ヨルムンガンド』は、世界をまたにかけた武器商人(♀)ココ・ヘクマティアルと、彼女の傭兵部隊でボディガード的なポジションに就く少年兵・ヨナの世界行脚(武器売買)を描いた物語。

海運業で世界を席巻する大実業家一族でもあるココは、兵器運搬業=武器商人として裏世界で名を轟かす銀髪碧眼のカリスマ白人女性。

いっぽうヨナは、アジアの紛争地帯で両親を失い、幼くして山岳部隊(=ゲリラ)に加わった西アジア系孤児。両親を殺害した武器への恨み、憎しみは人一倍なものの、その頼もしさを誰より知っている少年でも。

両極端な二人ですが、なぜかココはヨナを愛おしみ、絶えず自分の傍に置きます。そんなココに戸惑いつつ、無感情に敵対する人間を撃ち殺し、自らの心と葛藤するヨナ。二人の微妙な関係性が、物語の根幹に謎めいた匂いを漂わせていくことに。

本作品では、人が当たり前に死にます。武器商人が行くところ、謀略や騙し合い、殺戮に奪略は当たり前。ココを守るヨナなど私設傭兵部隊と、戦争国家、ゲリラ、ライバルとなる武器商人が対峙し、ときに三つ巴ともなる戦闘最前線地帯が、武器商人の主戦場でもあるわけで。

ですが、彼らは戦場で平然と日常生活を送っています。「面白いから」ココについていくと語る彼らは、明日死ぬかもしれない日々を楽しみ、笑って過ごし……。その矛盾した姿は、ふざけたコミカルキャラな銀髪碧眼美女ココが、窮地で眼光鋭く狂気に満ちた表情に一変する様とも相通じます。

究極の矛盾と違和感、非日常性、やるせなさも漂う荒廃感など、高橋慶太郎作品の原点が『ヨルムンガンド』にある……とは、いい過ぎでしょうか。 ただし、本作は戦場での殺し合いを売りにした物語ではありません。ヨナに「なぜ武器を売るのか」と尋ねられたココは、「世界平和のため」と答えます。そんなココの想いこそ、本作ならではの独自解釈“ヨルムンガンド”であることが、作中で徐々に描かれていきます。

疾走感あふれるロードムービー的な世界観

ちなみに本作は、同時期に同じ「月刊 サンデーGX」で連載された『BLACK LAGOON』(広江礼威/小学館)とも比較されがち。でも、痛快アクション劇的なわかりやすさもある同作とは、本質が異なるのでは。両作品とも大好きな自分的には、比べて甲乙を考えること自体、間違いだと思うのですが。

一方で、本作のどこか映画的な作風には、同じく武器商人を扱う映画『ロード・オブ・ウォー』(2005年)などとも相通じるものが。武器商人の商売=旅が、ロードムービー的な感傷を引き出させる故でしょうか。

また、FNブローニング・ハイパワーMk3、FNCアサルト・カービン、H&K MP5-K、M733カービン、M24スナイパーライフル、H&K USSOCOM Mk23、グロックM26&M17など、ココの傭兵たちが愛用する銃器のマニアックさも、作品の魅力を深めています。

彼ら各人の背景には北欧神話的なエッセンスも感じられ、そこでもまた“ヨルムンガンド”の独自解釈が見え隠れし……。

彼ら傭兵9人の物語は、作者自身がコミックス1巻につき一人ずつ、10巻完結(最終的には全11巻)を想定していたことからもわかるように、疾走感に満ちたもの。無駄を省き、物語をヘンに引っ張らず、時に物足りなさすら感じさせる。読みやすく、読み始めると止まらなくなる『ヨルムンガンド』の本質は、そんな潔さにあるのかもしれません。

著:高橋慶太郎
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この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

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