『うちらきっとズッ友―谷口菜津子短編集―』の「卯月ちゃん」に戦慄した理由――。

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『うちらきっとズッ友―谷口菜津子短編集―』(谷口菜津子/双葉社)

『うちらきっとズッ友 ―谷口菜津子短編集―』は、以前紹介した『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)と『今夜すきやきだよ』(新潮社)で、「多様性を柔らかな筆致で描いたこと」が評価され、「第26回 手塚治虫文化賞」新生賞に輝いた漫画家・谷口菜津子による、6つの”友情”をめぐる短編集。たとえば、「コトハとエマ」では、「同じ男子を狙う恋のライバル同士」が、「砂糖と塩」では、「何かと馬の合わない嫁と姑」が、ひょんなことをきっかけに意気投合。かけがえのない“ズッ友(ずっと友だち)”になっていく様子が、思わずクスリと笑ってしまうテンポのよい掛け合いと本音全開のモノローグで綴られる。そんな6編のなかでも筆者がもっとも衝撃的だったのは、噂の転校生と夢見がちな少女の交流を描いた「卯月ちゃん」だ。「こんなにも残酷で美しい友情の描き方があるのか!?」と、戦慄せずにはいれなかった。

目次

「大金持ちのお嬢様で人気アイドルとも親戚」の特別な転校生・卯月ちゃんの裏の顔

ある日、主人公のメイが通う学校に鹿島卯月という少女が転校してくる。クラスメイトの前で「特技はアイススケートで、トリプルアクセルも飛べる」と自己紹介した卯月は、なんと、メイが夢中になっている超人気アイドルのKEEN君と「いとこ同士」だというではないか!

「卯月ちゃんのおうちはお父さんが大金持ちで、家にエレベーターがあるらしい」「KEEN君つながりでジャミーズと仲良いんだって」と、転校生を巡る噂は学校中にたちまち広まって、“特別な卯月ちゃん”は一気に女子たちの憧れの的となる。

一方メイも「卯月ちゃんと仲良くなれば、いつかKEENくんと会えるかも!」と浮足立つが、「今度うちに遊びに来たらセグウェイに乗せてあげる」と言いながら、いざみんなが「行きたい!」と食いつくと「あ、今はリフォーム中で人を家に呼べないんだった」と言ったり、レコーディング中で仕事だったはずのKEEN君と「昨日も会っていた」と豪語したりする卯月に、「もしかしてウソをついている……?」と、疑いの目を向けるようになる。そして「友だちを疑ってストーカーするなんて最低だ」と心の中では思いながらも、どうしても真実が知りたくなったメイは、学校帰りにひとりで卯月のことを自宅まで尾行する。そして実は卯月の家は、豪邸でも、リフォーム中でもないどころか、ごく普通のアパート暮らしであることを知ってしまうのだ――。

自身の記憶かと錯覚しそうになる生々しさと、エピローグで明かされるゾッとする気づき

「KEEN君といとこ」だという話も卯月の完全なる作り話だったと悟ったメイは、少なからずショックを受けながらも、その事実を周囲の誰にも打ち明けられずにいた。だが、「人気者の転校生の本性は、虚言癖のあるヤバい少女だった」ことが学校中に知れ渡るまでにそう時間はかからなかった。ママ友たちの間でも「実は、卯月の本当の父親はDV男で、卯月は母親の彼氏と一緒に逃げてきた」という噂が流れ始めると、チヤホヤしていたクラスメイトたちも、「いくら不幸な境遇だからと言って、ウソをついていい理由にはならない」と、手のひらを返したように卯月を排除し始める。そんな状況を「なんだか気持ち悪い」と感じたメイは、学校に来なくなった卯月の自宅を訪れ、「卯月ちゃん、学校行こ!」「みんなにウソついたことを謝って、お友だちに戻ろ」と呼びかける。だが、卯月は「やだ、みんなだってウソつきじゃん」とメイの提案を一刀両断した上で、妄想の世界で生きることの心地よさを束の間メイとも共有するが、「真面目過ぎるメイちゃんと一緒にいてもつまらないから」と、学校に行くことは頑なに拒絶。そこにちょうど帰ってきた母親の恋人の「カイくん」と、「明日も学校をさぼって一緒にゲーム大会しよう!」と、楽しそうに盛り上がるのだった――。

卯月の虚言を巡るこの一連の騒動は「これは、かつて私自身が実際に体験したことだったんじゃないか」と錯覚しそうになるほど生々しく感じられる一方で、漫画というよりはむしろ「明け方に観た夢だったのかもしれない……」とも思えるような、妙な感覚も湧き上がる。

エピソードの冒頭に登場する「時々父が買い与えてくれたアニメDVDで私の倫理観が育ったといっても過言でもない」というメイのモノローグが、エンディングで「大人になって気づいたけど、父が買って来たDVDは……」と、ゾッとするほど見事に回収されることで、「虚言癖で妄想癖のあるヤバい卯月ちゃん」とは、実は誰もが地続きであり、かつての自分も「薄い氷が張った池の上を安全だと思い込んで歩いていたにすぎないのだ」と思わされた。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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