悩みはこじらせ女子の専売特許ではないことを教えてくれる『教室の片隅で青春がはじまる』

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教室の片隅で青春がはじまる
『教室の片隅で青春がはじまる』(谷口菜津子/KADOKAWA)

「自分は物語の主人公のように特別な存在ではない。その他大勢の一人にすぎない」という残酷な現実に気づいたのは、いったい人生のどのタイミングだっただろうか。「宝くじの高額当選くらいで自分の運を使いたくない!」なぜなら「自分の人生にはもっとずっと面白いことがたくさん起こるから!」と無邪気に信じていた自分が、まさか“買ってもいない”宝くじが当たることを夢見る大人になる日が来るなんて……。タイムマシーンで当時の自分にその事実を伝えに行ったとしても、絶対にそんな話に耳を貸さない自信がある。

著:谷口 菜津子
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実は「スクールカースト1軍」のあの子にもある、“誰にも見せていない自分”

『教室の片隅で青春がはじまる』は、有名になってキラキラした人生を送りたいのに、なぜかいつも空回りしてイタいヤツになってしまう自意識過剰の高校生・吉田まりもと、「地球で彼氏を作りたい」と願うモフモフな宇宙人”ネル”との交流を中心に描いた、オムニバス青春コミックだ。

もともとはまったく違う世界にいたはずなのに、なぜか距離を縮めていく二人のやりとりを呼び水にしながら、クラスメイトや家族たちの思いにもフォーカスをあてていく。そうすることで、思春期特有の悩みが“教室の片隅”にいるこじらせ女子たちの専売特許ではなく、たとえ「スクールカースト1軍」に属する華やかそうに見える人たちにだって、実はそれぞれ悩みがあることを、魅力的なビジュアルと視点で読み手に気付かせてくれるのだ。

この漫画には、イケてない女子と“イケてる風”の女子だけでなく、明らかに別のカテゴリーに分類されてしまうネルのような宇宙人留学生や、宇宙人と人間のハーフで可愛いらしい女子も登場する。だがそれは、あくまで“多様性”という流行りの言葉が持つ意味を、より一層分かりやすくするための工夫であるとも言えるだろう。当然ながら、よく似たルックスを持つ者同士であろうとも、誰一人としてまったく同じ考えを持つ者なんていないし、たとえ見た目がまったく違っていても、互いに十分理解し合える可能性があることも示している。

あの頃の自分に「良かったら読んで」と渡せていたら……と思いを馳せる

本作において出色なのは、まりもとネルが初めて友だちになる瞬間の描かれ方だ。いつも気付くと自分のことばかり話してしまっていたせいで、他者と一度も上手くつながれなかった二人が、目の前にいる相手のことを初めて受け入れ、きちんと対話することの面白さを覚えていく。そうやって自らの意志で他者とつながりを持つことにより自身も満たされることを知った人ならば、自身とは異なる価値観を持つ他者に対しても、きっと優しくなれるはずだ。

見た目が良くなくとも、性格が多少捻じ曲がっていようとも、きっとそれはこれからやってくる輝かしい未来をよりドラマチックにするためのスパイスなのだ、と何も起きない日々を無駄に過ごしていたあの頃の自分に、「良かったら読んでみて」とこの漫画を渡せていたら。もしかしていまよりちょっとはマシな人生になっていたのかも!?……と思わなくもないが、大人になってからこの漫画と出会えたことで、イタかった自分も少しだけ可愛く見えた。

著:谷口 菜津子
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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