コーヒーを通じて描かれる心の機微が絶妙な味わい
近年はマンガ原作のドラマや映画が数多くあり、そのたびに話題として上がるのがキャスティング。どれだけ原作の造形に近づけているかが作品の成否を分けるカギとなる……といっても過言ではない。もっとも、なかなか満場一致とはいかないケースも多々見受けられる。
そうしたなか連載中から「似ている」とファンの間でささやかれ、その人物で「ぜひ実写化を」という待望論が存在していたのが『珈琲いかがでしょう』だ。ファンの思いに応えるかのようなキャスティングが実現し、4月からはテレビ東京系で連ドラがスタートする。
たしかに主人公・青山一と、ドラマの主演に決まった俳優・中村倫也はそっくり。そういえば同じコナリミサトの人気マンガ『凪のお暇』の実写ドラマでゴンさんを好演していたのは、まだ記憶に新しい。
初登場シーンで車体に描かれたタコマークからして目を引くのだが、さらにイスやケトルといったアイテムにいたるまで、とにかくタコがトレードマークの移動珈琲屋を営む青木。気ままな店主といった雰囲気を漂わせつつ、訪れる客をコーヒーで癒やすのみならず時には苦しみから救うこともあり。おまけに第1話での「まるでフツーの珈琲販売員ですよ?」というセリフからもわかるように、青木自身にも何かしらのバックボーンがありそうと、親しみやすい絵柄からは想像できなそうなドラマへの期待感も高まる作風が粋だ。
万能的ではない描き方がリアリティーと清涼感を生み出す
基本的には1話完結スタイルで進行。街から街へと移動しては、訪れた人にコーヒーを提供する。しかもいれるコーヒーが相手によって変わり、丁寧にハンドドリップしたホットコーヒーはもちろん、コーヒーゼリーのような変化球も登場。このテイストが異なるコーヒーを飲むことで心が落ち着き、プラスして青山との何気ない会話を通して訪れた人は自身と向き合い、何かを得たり取り戻したりしていく。表現は陳腐だが、まさにハートフルだ。
しかも何より素敵なのが青山のスタンス。あからさまな同調や上から目線のアドバイスを送るといった、いわゆる“スーパーヒーロー”的な存在ではなく、あくまでも相手にとって些細ではあるが何かしらのきっかけになるような役割を担っている。
彼や彼のコーヒーを通じて劇的に状況が一変……というよりは、コーヒーを飲む前後で内面に少し変化が生まれる。その何かを足がかりに自分自身で一歩踏み出すという描き方が実に優しく温かで、染み入るような心地よさが感じられる。
また青山がいれたコーヒーを飲む際に見せる何とも言えない豊かな表情を見ていると、実際に自分も飲んでみたくなる。こうした描写に優しいタッチが加わることの相乗効果で、作品に温もりがあふれ、ちょっと重めなに見えてしまいそうなエピソードでも健やかに読めるのかもしれない。
主人公と出会った人たちの人生を連なるように描く構成に感銘
行く先々で出会う客にコーヒーを振る舞い変化の一端となる青山。そうしたエピソードが積み重ねられていくため、直接的に青山について描く場面は少ないのだが、実は物語を読み進めていく内にいつしか彼自身の人生が見えてくる、という構成が素晴らしい。
主人公の過去を語る場合、回想や主人公の行動などが中心となるパターンが王道だが、今作では移動珈琲屋として出会った人々の“つながり”を大切に描いている点も◎。己の過去と向き合う青山を軸に、出会った人たちの“その後”を垣間見ることができるのもうれしい。すべてのエピソードが一つのテーマ、メッセージを織りなしていることに気づいたとき、心の中を素敵な風が吹き抜けていくのを感じた。
人生を物語に例えるなら、その主役が自分自身ではあることに疑いはないが、平行してそれぞれの物語を生きている人がいるのも言うまでもなく事実。そんな当たり前の事実を感じにくい世の中になっている側面があることも否めないのだが、本作を読んでいると出会いや人とのつながりの大切さを改めて痛感させられる。
コーヒーが象徴的なものとして描かれているが、自分にとっての「青山の珈琲」は探してみればきっとあるはず。悩んだり気づいたり立ち止まったり……ちょっとネガティブな状況に陥ったとき、励みや癒やしになるものを見つけたい。表面的ではなく奥深く練り込むように作られた本作を読み、素直にそう思えた。