「いるじゃねぇか……ここに……!!」俺のスターはここにいる……ボロボロジャージの“泥ウサギ”
「6バ身!! スゲェエエエエ!!」。中央の晴れ舞台、「トゥインクル・シリーズ」の日本ダービーで繰り広げられた、残り200メートルからの剛脚の快勝劇。トレーナーの北原穣は、遠くカサマツレース場のスタンド席から、スマートフォンに向かって雄叫びを上げていた。
目の前のレースを観るべき視線が、つい手元に注がれるのも無理はない。閑古鳥が鳴く場内。張りのない実況で入場したウマ娘たちは、あくびを隠さず、新しい靴を汚したくないと駄弁る。カサマツの「ローカルシリーズ」は、「中央とはそもそものレベルが違う」のだ。
「スターがいないんだよ……自分と重ね合わせて心の底から応援したくなるような……そんなウマ娘が……」。レース場からの帰路、「地方には地方の良さが……」と説く後輩トレーナーの柴崎にそう漏らした北原の脇を、前のめりで走る何者かが物凄い速さで駆けていく……。
ところかわって、そんなカサマツにある、「ローカルシリーズ」で活躍するウマ娘の指導・育成機関たるカサマツトレセン学園。ベルノライトという新入生の隣の席に座ったのは、ボロボロのジャージ姿で大遅刻をかました、ひときわ癖の強そうな葦毛のウマ娘だった。
尋常ではない量の山盛りご飯をぺろりと平らげる健啖家で、ルームメイトの嫌がらせに気付きもしないマイペースな“泥ウサギ”。しかし自らに課したトレーニングには実直なそのウマ娘は、デビュー戦も見越したゲート体験の場で、出遅れから圧巻のごぼう抜きを見せる。
「いるじゃねぇか……ここに……!!」。類まれな柔らかさの膝による、超前傾姿勢での圧倒的な剛脚。新入生のスカウト目的で立ち合い、期待せずその走りを目撃することになった北原は、興奮も冷めやらぬままに名前を尋ねた。そのウマ娘は答える。「オグリキャップ」と……。
“マイペースな大食い娘”だけではない! ウマ娘オグリキャップの“芦毛の怪物”としての顔とは
満を持してリリースされたゲーム版で人気に火が付き、話題沸騰中の『ウマ娘 プリティーダービー』。実在の競走馬の名と魂を受け継いだ、耳と尾、超人的な走力を持つ神秘的な美少女「ウマ娘」たちが織りなすレースのドラマを描く、Cygames発のクロスメディアコンテンツだ。
「競走馬の萌え擬人化」という設定、そしてビジュアルは、一見ではイロモノとも取れるもの。しかしファン層は幅広く、競馬ファンや競馬関係者からも好意的な反応が相次ぐ。
その理由のひとつに、史実の競馬に対する真摯な姿勢があるのは間違いない。スピンオフの『ウマ娘 シンデレラグレイ』も、そんな制作陣の熱い思いがうかがえるマンガである。
主人公のオグリキャップは名前そのまま、“芦毛の怪物”とも称されたあのアイドルホースがモチーフのウマ娘だ。
TVアニメで強調されていた、いかにもモチーフ馬らしい食い意地の張りっぷりは媒体を移しても健在(競走馬をキャラクター化したマンガの草分け『馬なり1ハロン劇場』でも取り上げられた、飼い葉を食べ終われば桶に噛みつき、寝ワラまで口に入れていたという大食いぶりだ)。……なのだが、本作における彼女のキモは、笠松ならぬカサマツから中央へと駆け抜けていく、そのシンデレラストーリーの最中で見せてくれるカッコいい姿にある。
走ることに真面目でひたむきな様子から、レースで見せる“芦毛の怪物”ぶりまで。“大食い腹ボテ”や“天然マイペース”だけではないその魅力は、往年のモチーフ馬を知る者には蘇る感動があり、知らない者には新たな興奮をもたらしてくれるのではないかと思う。
「誕生時に外向していた右前脚を、出生した稲葉牧場の創業者・稲葉不奈男が削蹄で矯正した」(参考:渡瀬夏彦『銀の夢―オグリキャップに賭けた人々』P72)ことを「幼少期に悪かった膝を母がマッサージで快復させた」と置き換えていたり、その稲葉が名付けた幼名「ハツラツ」(参考:同前)が擬音になっていたり……元ネタを知れば知るほど面白い。競馬愛・競走馬オグリキャップ愛があふれる小ネタの数々も、見逃せない要素と言える。
また第1巻の最終盤から、中央の壁を感じさせる存在として、史実でもモチーフ馬同士がしのぎを削ったタマモクロスが顔見せしてくれるのも熱い。
タマモクロスといえば、原作者のつの丸こそ「境遇が似てる」(週刊少年ジャンプ特別編集『マキバオー大本命ブック』P152)という言葉に留めているものの、『みどりのマキバオー』の主人公・ミドリマキバオーのモチーフ馬だという話がある。史実的にも、“新旧競馬コンテンツ”的にも注目となる対決も必至なのだ(なお、『ウマ娘』におけるタマモクロスは、関西弁の“ツッコミ担当”のチビッ娘だということだけは、念のため書き添えておく)。
“日本近代競馬「最良の日」”よ再び。物語の行く先は「復活、ラストラン」なのか、それとも。
競走馬オグリキャップのラストレースとなった有馬記念の日……。中山競馬場を埋めた17万人が「オグリコール」に揺れた1990年12月23日を、ノンフィクションライターの江面弘也は“日本近代競馬「最良の日」”と表現した(『Sports Graphic Number 917・918』P18)。
漫画の企画構成を担当する伊藤隼之介は、競馬コラム&ニュースサイト「ウマフリ」のインタビューで、本作の今後の展開について「概ね史実通りにいきます」(記事ページへ)と述べている。読者としては、ウマ娘オグリキャップが駆け抜けた先にも、そんな「最良の日」が待ち受けていることを期待してしまうが……。
しかし、今はただ幸せに、“芦毛の怪物”伝説の追体験に浸っていくのが正解なのだろう。ウマ娘オグリキャップの運命は、「まだ誰にも分からない」(原作第1巻P2)のだから。