一見「ふつうの夜」のようでいて、実は「あまりふつうではない夜」を切り取った、不思議な読後感のある「ショートショート」の漫画版とも言えるオムニバス漫画『なんてことないふつうの夜に』。第1夜「ビジネス・ロマンス・ホテル」から第12夜「深夜旅行記」まで、「ふつう」という概念が揺らぐような12編の短編漫画に加え、「なんてことないふつうの夜に~打ち上げ編~」と題した、各話の登場人物たちが織り成す描きおろしの「おまけ」の4コマ漫画も収録されている。
予想を裏切るシュールな結末と独特な世界観
「アンドロイドのレンタルサービスが流行っている世の中で、自分の彼女ももしや……と疑い出した男の話」「「〆切に追われて3日間徹夜のマンガ家が、睡魔と闘ううちに見えないものを見てしまう話」……etc.、各話によって「ほっこり系」や「SF系」などかなりテイストが異なるのだが、タモリがストーリーテラーを務めるオムニバスTVドラマ「世にも奇妙な物語」を夢中で見ていた世代にはとても馴染みやすい感覚で、予想を裏切るシュールな結末と独特な世界観に引きずり込まれてしまう。
これはあくまで好みだが、自分が一番「!」と思わされたのは、「第3夜:エレクトリック彼女」と「第9夜:2.5次元胃袋」だ。いずれも最後の1ページで「え~っ!?」と度肝を抜かれる仕掛けになっていて、日常生活のなかで凝り固まった「固定観念」を鮮やかにひっくり返されたような驚きがあった。そして「こんな殺伐とした世の中を生き抜くためには、リアルとファンタジーが絶妙に混在した漫画の世界に逃げ込むことも必要!」だと強く思われたのだ。
「当たり前」のことを疑ってかかる柔らかい発想の豊かさ
「当たり前」だと思っていたことも少し離れて別の角度から眺めるだけで、全く違った景色が見えてくることもあれば、あまりにも一つのものを見つめすぎると、「ゲシュタルト崩壊」のように「これって、こんな形だったっけ?」と認知に歪みが生じてくることもある。人間の感覚というものは、実はそれくらい曖昧で不確かなものだったりする。
もちろん、あらゆる約束事の上でこの世界は成り立っているわけだから、その前提が壊れてしまうと、健全な社会生活を送ることが困難になることもあるだろう。でもせっかく「想像力」を備えて生まれてきた存在ならば、せめて漫画の世界では枠にとらわれない自由な発想に身を委ねたい。学生時代、授業中に窓の外ばかり見て空想したり妄想したりしていたことも、決して無駄ではなかったのだと自分に言い聞かせ、たとえ規模が小さくとも「あっ」と言わせるようなものを生み出したい。表現のジャンルは違えども、そんなふうに刺激を受ける感覚は久々だった。
実は、筆者にとって本書のなかでもっとも興味深かったのは、巻末の「おまけ」の4コマ漫画だったりする。それぞれの話の登場人物たちが、そのキャラのまま「打ち上げ」に参加し、交流をはかるのだ。普通なら同人誌のなかで繰り広げられそうな展開だが、それを作者自らやってしまう発想の豊かさに驚かされた。身体のストレッチだけでなく、頭のストレッチも必要であることを、改めて気付かせてくれる一冊だ。