なさそうと思いつつもしかしたら……と思わせる世界設定に息づく“リアリティ”
悲観的な世界観をベースにストーリーが紡がれていく作品に、言語化するのが難しいが、強いて言うなら“甘美”なテイストのようなものを感じ、強烈に惹きつけられてしまうことがある。今回紹介する『フールナイト』もまた、いわゆるディストピアの雰囲気を醸し出し、読む人間の心を温かいのか冷たいのか判別できないような、不思議な温度感の手でグイッとわしづかみしてくる作風が刺激的だ。
舞台は、厚い雲に覆われて太陽が見えなくなった近未来の地球。日が差さないため植物は枯れ、酸素も薄くなる中、人を植物に変える技術「転花」を生み出して人類は生き延びていた……というのが、本作の世界観となっている。
人間に植物の種を埋め込み、その人の魂などを糧に約2年かけて成長。樹木や観葉植物、花などいずれかの植物に転花したものを「霊花」と呼び、貴重な酸素の供給源として重宝され、人々の多くはその技術にある種の“希望”を託して生活している。
基本的に転花は死期の近い人間が対象となり、かつ施術を受けるかは本人の意思が尊重される。倫理的にも人類的にもベターなシステムのように見えるのだが、転花した者には国から1000万円が支援金として支給。システムに金銭が絡んでくるあたり一筋縄ではいかず、さまざまな事態や状況を巻き起こすひとつの要因にもなり、ストーリーに深みと厚みが感じられる。
選択の裏にある光と影を巧妙に描き出す演出に深み
主人公である神谷十四郎(トーシロー)はどん底生活を送る中で生きる意味を失い、転花を決意。ところが、届け出を提出し担当職員となったのが幼なじみの蓬莱ヨミコだったという数奇な運命が待ち受けている。転花を巡るやり取りの中でトーシローが発する「俺は1000万で心の豊かさを買うんだ!!!!!」なるセリフが切実で心に響き渡り、派手さはないもののドラマティックな演出といえ、人間であることをやめようとしているのに人間らしさを求めている矛盾が痛ましくも突き刺さる。
何かとてつもない不幸が降りかかるなど、人生に絶望した瞬間、「植物に生まれ変われたら……」といったような思いが頭をよぎることもなきにしもあらずだが、あくまでも妄想。ただし本作の世界では、転花により植物に“転生”が可能で、しかも人々が生きていくために役立てるという“大義”も存在する。さらに支援金を得て2年間の“余生”があるとなれば、人生に悲観し、あるいは未来に向けての崇高な理念のもとなど、さまざまな理由で決断する人は出てくるだろう。
そうはいっても自ら転花を望んだトーシローが、次第にあせりや不安にさいなまれていく姿を見ると恐怖感が迫ってくるが、転花およびその後の状況&行動によって新たな人々の出会いが生まれ、そこに光のようなものが感じられるのも確か。また、転花したのに生きるための金銭に執着していることも裏腹で趣深い。全体的に陰鬱感が漂う作風ながら、光と影の見せ方が実にバランス良く、じっくりと味わえる。
圧倒的な画力&美しいコントラストが魅せる多層的なストーリー
本作でキャラクターたちが暮らす世界はなかなかに過酷で、貧富の差の描写に至ってはデフォルメされているはずだが現実社会を彷彿させるかのようなほど。そんなネガティブさあふれるテイストなのだが、画風が見事なまでに調和。切なさややるせなさを補ってあまりあるタッチと演出で、何とも言えない読後感に浸ることができる。
特に緻密さと粗さを意図的に組み合わせたような画、白と黒の絶妙なバランス、マンガなので静止画は当たり前だが、“止め絵”のように連続した絵の微妙な違いで表現する手法まで、作風はダイナミックでありながら繊細。希望と絶望がない交ぜになったような世界観と相性抜群で、思わず心が震えてしまうほどだ。
人間ドラマ的なストーリーにとどまらず、実は主人公が霊花の声を聞ける能力を持ったことが明らかとなり、新たな局面へと展開。霊花となった身内を探すことをきっかけに、連続殺人事件の捜査に発展していき、第一印象とは異なる表情でも楽しませてくれる。重厚なテーマを題材にしつつ、スペクタクルな要素も織り交ぜ、多方面から読者を引き込む構成は圧巻と言える。3巻までで一応の“決着”を見せるもスッキリとしないだけでなく、4巻ではまた新たな問題もチラホラ見えてきており、2022年11月末発売予定の5巻が待ち遠しい限り。
さまざまな面で現実とは離れた位置にある作品だが、先が見えず不満や不安が近しいという点は、痛すぎるほど現実世界の不条理感に通じている。生きるための手段を第一に考える主人公像というのも、極めて現代的で胸が締め付けられるよう。「人として生きるか」「植物として生きるか」の選択をもしも迫られたら、どうするか。ひとつの決断を下した主人公、そして彼らが生きる世界の行く末を見届けたい。