作者・天野こずえにとって、大ヒット作『ARIA』(マッグガーデン)に続く長期連載となった『あまんちゅ!』。12年間に及ぶ連載は2021年に終了しましたが、3つのキーワード「伊豆・ダイビング・JKライフ」を基に綴られる物語は、『ARIA』同様に“素敵さ”が満ちあふれるものでした。
『ARIA』と相通じる面も多い『あまんちゅ!』の魅力
物語は、中学卒業を機に東京から伊豆へ引っ越してきた双葉(“てこ”)と、春から新たな高校で同級生となる光(“ぴかり”)の出会いから始まります。
引っ込み思案で、自ら行動することが苦手な“てこ”は、ついつい初めてのこと・もの・体験に背を向けがち。高校生になって自分を変えたいと思いつつ、そのきっかけを模索している女のコ。
いっぽう“ぴかり”は、明朗快活で何に対しても積極的。その超マイペースさゆえに周囲を巻き込んでしまう、ちょっと困ったちゃんでもあるのですが、憎めないキャラは誰からも愛され……。
真逆なタイプの“てこ”&“ぴかり”がW主人公となる物語は、灯里・藍華・アリスが織りなす『ARIA』の世界観を彷彿させるもの。たとえていうなら、『ARIA』のヒロイン3人が、2人になって凝縮されたイメージでしょうか。“てこ”の主観で物語が綴られるスタイルも、『ARIA』で灯里が書くメール(ブログ?)と相通じるものを感じさせます。
初めて天野こずえ作品に触れる方は、こうした作風をちょっぴりもどかしく思われるかもしれません。読み手をリードする挑戦的な姿勢や、逆に協調を求めるようなアピールもなく、あえていうなら「淡々と……」。『ARIA』ファンなら、むしろ心地よく感じるられる一面でしょう。
とはいえ、『ARIA』ほど“ふにゃふにゃ”な柔らかさは感じさせず。ときに藍華より強烈な“ぴかり”の真っすぐさが、“てこ”が垣間見せる芯の強さと相成って、一本筋が通った世界観を構築します。『ARIA』を意識しつつ、『あまんちゅ!』らしい作風を模索した結果なのかもしれません。
大切に描かれるW主人公の成長
両作品に共通する魅力は、やはり“素敵さ”でしょう。物語が醸し出す素敵な空気感は、天野こずえ作品ならではの魅力ですから。
主人公たちの日常生活に存在する“素敵さ”は、ふとしたきっかけや、友人・知人や仲間たちとの日々で気づかされるもの。そんな何気ない“素敵さ”をクローズアップする作風も不変です。
と同時に、わかりやすい基本設定「日本を舞台に描かれる女子高生の新・高校ライフ」から、日常感が増したことも確か。どこか非現実的な『ARIA』とは異なる作風だけに、好き嫌いが分かれる部分でもあるかも。読者にも身近な、伝わりやすい設定の是非が、作品評価を左右するかもしれません。
“てこ”視点で描かれる、“自分探しの旅”的な日々も同様です。周囲の日常感が増すことで、灯里の試行錯誤や迷い以上に、彼女の想いが何かを訴えかけてきます。
“ぴかり”が放つオーラ&リーダーシップで、“てこ”が少しずつながら成長し、積極的になっていく。“ぴかり”がいなければ、“てこ”は成長しない。“てこ”がいなければ、暴走しがちな“ぴかり”は自身を見失ってしまう。互いに欠かせない、ジグソーパズル的な二人の関係性は、とても丁寧に描かれます。それこそが、作者が大事にしたかった部分なのではないでしょうか。
細部まで丁寧に描き込まれる様々なギミック
作品の細かなディテールにも、天野こずえ作品らしい丁寧な作り込みを感じられます。
物語の核となるダイビング・シーンでも、海から上がってきたダイバーの様子から、空気タンクなど装備品に至るまで、その描き込みはダイバーにも称賛されているとか。泳げなかった“てこ”がCカード(ダイビングライセンス)を取得する過程など、ダイビング入門としても優れた作品なのです。
ちなみに、相手を愛称(ダイバーネーム)で呼ぶ光景は、ダイビングの世界だと日常的なものらしく。“てこ”や“ぴかり”という愛称も、そうしたダイバー感覚を象徴するネーミングなのですね。
また、“てこ”が日常の足とするスクーター、旧型Vespaも作品の味わいを増すギアに。16歳で免許取りたての女子高生が乗るには難物とはいえ(苦笑)、伊豆の海沿い快走路を「きもちい~」と笑顔で駆け抜けていく様は、バイク好きが見ても嬉しい情景だったり。
伊豆の美しい風景は、作中の随所に登場します。“ぴかり”が愛してやまない、伊豆急行線の車窓を彩る紫陽花も印象的。通学電車にも素敵さを見つけちゃう“ぴかり”の感性は、ときに読者を驚かせるほどみずみずしく。
ちなみに、同線の終点・伊豆急下田駅周辺にある下田公園は、株数日本一ともいわれる、約300万輪の紫陽花が咲く観光地。鉄道ファンなら、同公園の「あじさい祭」に合わせて運行された伊豆急『快速あじさい号』を思い起こすかも。
バイク好きで鉄道ファンな筆者などは、気になるギミックが満載でお腹いっぱい……(笑)。実は、こうしたギミック要素のさりげない入れ込み&秀逸さも、天野こずえ作品の魅力だったりするわけですが、それはまた別の話?