日本を代表するヤクザ・ノワールフィルムを思わせる漫画
ザ・フィクションではあるが、ノワールフィルムを鑑賞したかのような充足感と余韻のある漫画作品がある。
『残響』は、家族の繋がりを知った男の逃走劇を描いたダークヒューマンドラマだ。
発刊は2015年だが、作中にはトランスジェンダーの男性が登場人物の1人としてさらっと描写されている。今でこそ広く受け入れられつつあるLGBTだが、発刊年を考えると時代の先駆けともいえよう。背景や苦悩が描かれるわけでもなく、ただ1人の人間、個性として描かれているのは素晴らしい。
ストーリーは過激でスピーディー。あまり現実味はないが、この疾走感が逃走劇には相応しい。構成やコマ割りには独特のリズムがあり、モノローグやセリフは説明的でなく、力強い画によって無二の雰囲気と色が生み出されている。
ページをめくると、褪せた情景がまざまざと眼前に広がってくる。
登場人物への感情移入や彼らの心の動きを楽しむ作品ではないだろう。ただ、彼らの表情を醸す間には変わる感情が巧く描出されているので、客観的かつ俯瞰的にヒューマンドラマを堪能することはできるだろう。
工場町の安アパートに暮らす武井智(さとる)は、ある時、隣に住む元ヤクザの老人・瀬川に“500万円を渡すから自分を殺してくれ”と頼まれる。
悩んだ末に殺害を実行した智は500万円を手にし、生前頼まれた“瀬川がかつて殺害してしまった3人の遺族に香典を届ける”ため旅に出る。
その道中ヤクザと揉めている女装の男・大悟と出会う。その出会いによって事態は思わぬ方向へと進んでいく。次々と繰り広げられるバイオレンスな展開。果たして、智の旅の先に待つものとは……。
他にはない独創的な世界観の中で織り成される生々しい物語
パワフルな線で描かれた画には活力があり、セリフ以上に多くを語る。特に殺傷シーンには躍動感があり、臨場感に満ちている。本作には、画力で語る漫画本来の魅力が詰まっているのである。
ヤクザによる拷問シーン、ヤクザやならず者との死闘シーンなど、さまざまな場面で数多の死が荒々しく描写されているので、苦手な人は注意。
過激な内容のため、ストーリーのフィクション性は高い。とはいえ、この国には確かに劣悪な環境で育つ子供がいて、一般論では表せない家族のかたちがある。いつか日本がアメリカのような銃社会になったら、どこかで起こり得る物語なのだろうと思う。銃をはじめ武器は持つ者の倫理観を壊し、万能感を与える。だが、武器で問題の本質が解決することはない。本当の意味で何かを変えることはできない。
本作の登場人物のほとんどは下衆だと言える。
そんな中で、トランスジェンダーの大悟こそ唯一の良心であったのかもしれない。ただ冷たく凍てついた智の心は、大悟と出会い、大悟の姉の子・魁也と出会い、家族になることで溶かされ、最後には熱を持つまでになった。出会いは人を変え、守るべき者を持つことで生きる意味が見つかる。智が変わるきっかけが銃や殺人でなければ、行き着く先にはまるで異なるハッピーストーリーがあったかもしれない。
虚構の激しいバイオレンスを含むストーリーはもちろん、智の変わりゆく姿を楽しむのも良いだろう。ここには男も女もない。過去も未来もなく、善悪すらない。ただただ暴力と暗闇に満ちた、生々しく圧倒的な世界観は本作でしか味わうことはできない。
高橋ツトム氏の世界観にどっぷりハマるバイオレンスな1冊
『残響』は、高橋ツトム氏による、生きる目的を得た男達の逃走劇を暴力的かつ疾走感をもって描いたバイオレンスヒューマンドラマ漫画である。2015〜2017年まで月2回発刊の小学館による漫画雑誌「ビッグコミックスペリオール」にて連載、完結済み、全3巻。
前述の通り本作には暴力描写が多数あるが、性描写もまた含まれている。
随所に性の生々しさが描かれているので、ギョッとしないよう覚えておいてほしい。登場するキャラクターはあぶれ者ばかりだが、どの人にも個性があって実に面白い。中でも、智を手助けしてくれる「ちくわママ」は人間らしさがあってチャーミングなので、ご注目あれ。
映画のような余韻と狭くて広い智の世界を、ぜひ堪能してほしい。