戦争という非日常にある人々の日常を描く物語
非常事態下にあっても私たちの日常は続く。
辛い出来事は消えないが、時に幸せな瞬間や楽しいひと時が訪れる。私たちの日常は無数だが、世界はひとつ。遠いどこかの出来事も、紛れもない事実なのである。地球外生命体と戦争中の日本における駆除隊の日常を描いた実に面白い作品がある。
「そのへんのアクタ」は、‘‘終末の英雄”と呼ばれた芥仁が“その辺にいる芥”になるまでを描いたヒューマンドラマ漫画である。戦いに決着はつかず、どっちつかずのまま日々は過ぎる。戦いは続き、人々の日常も続く。
地球外生命体や未知なるものとの戦いを描いた作品は数あれど、戦いそのものではなく人々の生活の営みに焦点を当てたハートフルウォーミングなストーリーが本作の魅力のひとつだ。読後感は爽やかで、変わらない毎日がちょっと素敵に思える。
地球外生命体(イズリアン)駆除隊の芥仁は、その圧倒的な強さから‘‘終末の英雄”ともてはやされていた。しかし、予想に反して戦いは続き、芥は千葉支部から鳥取支部へと左遷された。
そこで、副隊長の百福ひかりをはじめ、多彩な個性を持つ隊員らと出会う。ひたすら戦闘のために生きてきた芥は鳥取支部のゆるやかな日常にとまどうが、彼女らと過ごすうち次第に変化が見られるように。果たして芥はどんな人間になったのか。
温かな環境の中で心が解けてゆく、不器用で生真面目な男の成長譚
人間の成長や心境の変化がまざまざと分かる秀逸なストーリー。ゆったりとした展開でも飽きが来ず、穏やかに読み進めることができる。
可愛らしい作画で、登場人物の表情だけでなく、行動やセリフ、モノローグで心の機微を巧みに描いている。地球外生命体との戦いを描いたバトルファンタジーかと思いきや、数ページで予想は裏切られる。クスッと笑える場面もあるが、コメディほどのいやらしさはなく、すべての場面に生き生きとした人間らしさがある。
芥の温かな成長譚であり、いつかの間にか心にぽっと明かりが灯り、優しい気持ちになれる。心が荒んできたなと思う人にはぜひ読んでみてほしい。
戦いは長引くほど危機感が薄れ、忘れられがちだが、確かにある。辛いことや悲しいことがあっても日はまた昇り、日々は続く。
戦時下にも平和な時間があり、笑顔になれる時間がある。続く戦いを受け容れ、周囲の人々に影響を受けながら少しずつ変わってゆく芥の姿は必読だ。人にどのように接すれば良い影響を与えられるか、どうすれば他者の考えを受け容れて良い部分を取り入れられるかがよく分かる。他者との関わりは人の成長においてとても重要だ。自分が心を開けば、いつかは相手も本音を見せてくれる。
ドキドキする展開はないが、私たちの日常でよく見る場面が山ほどある。設定は非日常的だが、描かれた日常にはリアリティがある。
共感できる部分も多く、人間関係の構築に関する気づきや学びがあるかもしれない。人との関わり方が分からない、人見知りという人にとっては良い教材となることだろう。そして読者の多くは変わりない毎日の素晴らしさ、人々の心の成長に対する尊さを感じることができるはずだ。
本作にしかない優しくほっこりする世界観にどっぷり浸ろう
『そのへんのアクタ』は、稲井カオル氏による、どっちつかずの戦争下に生きる人々の平凡な日々を描いたファンタジー日常漫画である。白泉社による隔月刊青年漫画雑誌「ヤングアニマルZERO」にて2019〜22年まで連載、完結済み、全3巻。
本作の舞台は、砂丘で知られる鳥取県。ほのぼのとした毎日を過ごす場所として最大にマッチしていて、行ってみたくなる。
本作に触れると、どこかにある誰かの日常を覗き見ているような感覚になる。平凡でも、なんだか素敵で羨ましい彼らの毎日。ダーク系を好みグロテスク描写も受け入れる筆者にとって、久々に心洗われた作品だ。独特の柔和な世界観、優しい空気は本作でしか味わえない。ぜひたくさんの人に読んでもらいたい。