思春期ゆえの性や、終わりのない恋を描いた心揺さぶる物語
思春期真っ只中の若者は無敵である。
思春期特有の思考に行動、過ぎてしまえば思い出すのも難しい。自分次第で何者にでもなれると思えた若き日々。悪に染まり罪を犯す者もいれば、理性を保ち一度限りの青春を謳歌する者もいる。無限大の未来に満ちた青春は一度きり。読者の皆さんの青春は輝いていた(る)だろうか?
『山口つばさ短編集 ヌードモデル』は、そんな甘酸っぱくほろ苦い青春をキュッと詰め込んだような、エモい(エモーショナルな)作品である。
成長に伴い、我々の思考も行動も自然と変わりゆく。登場人物の言動は、忘れつつある無邪気さや奔放さ、未熟故の残酷さを思い出させてくれる。青春は、正しく過ごせばいつまでもキラキラと輝く光となり得る。……逆もまた然り。
本作には3つのストーリーが収録されている。
男子高校生の百瀬と描画に励む地味なクラスメイト・夏目の、罰ゲームをきっかけとした交流を描く表題作「ヌードモデル」、女子を見下す男子高校生・矢田が恐怖の事件に見舞われる「おんなのこ」、特殊なクラブで働く吸血症の人気キャスト・ヨハンに惚れた医師・サチの悲しき恋物語「神屋」。
それぞれ異なる生と性に関する描写が味わえる趣深い短編集。前2編を読めば、色褪せた青春がふわりと蘇ることだろう。
陰影の効いた独特な作画に浮かび上がる若者の心理
丸みを帯びた独特なタッチの作画がまず目を惹く。ひとりひとりに個性がある、どこかクセのある人物描写が大変素晴らしい。情景は必要な部分のみ質感まで仔細に描き込まれており、大胆かつ繊細な陰影遣いが物語を巧みに引き立てている。青春の一端を切り取ったような瑞々しい構成、物語を組み立てるセリフもよく考えられていて、特に前2編には思春期“らしさ”がしかと表れている。
ストーリーはいずれも興味深く、ほろ苦い読後感がある。
思春期の、特に学生は性をネタにしがちだ。恋人や性経験の有無がステータスになることさえある。筆者は学生時代に適切な性教育を受けた記憶がないから、教育の甘さ故かもしれない。多くの人は大人になるにつれ知識を身につけ、自然と成熟してゆく。学生時代には一般的であったノリも、未成熟だからこそ許されたものだ。
教育的観点から、“おんなのこ”はぜひ学生に読んでほしい。
今は時代遅れなルッキズムで女子を身勝手にランク付けし、確認もせず適当な噂話で笑う男子。学生の頃はどこにでもいた。男女では骨格から異なり、体格や体力も違う。生まれついての違いを楯に取るのは恥ずべきことだ。とはいえ、ほとんどの場合、愚かな我々は痛い目を見なければ分からない。SNS時代の今、誰もが痛い目を見ないためにも身近でオープンな性教育が求められているのかもしれない。
世間でよく耳にする「推し活」「ホス狂い」……。「神屋」を読めば、そんな決して手に入らない相手に貢ぐ人間の心理、その仕組みがよく分かる。
設定は特殊だが、主人公がキャストにハマっていく様が巧みに描かれている。ハマる人間にとってキャスト(推し)は唯一無二であるが、キャストにとって相手は大勢のうちの一人にすぎない。どんなに愛そうが貢ごうが、その事実は変わらない。夢を夢だと認められない人は、夢に貢いではいけない。夢に終わりはないのだから。
思春期やひと時の夢を買う人々の心理が見事に浮かび上がる本作。独特で美麗な作画を見ているだけでも満足できるので、ヒューマンドラマには興味がないという人にもぜひ読んでみてもらいたい。
人気作家初の短編集、切なく哀しい青春のひとコマが光る
『山口つばさ短編集 ヌードモデル』は、名作『ブルーピリオド』(講談社)で広く知られる山口つばさ氏による漫画短編集である。2015年に漫画雑誌「good!アフタヌーン」、22年に月刊青年漫画雑誌「アフタヌーン」にて掲載された3編を収録している(いずれも講談社)。
『ブルーピリオド』で山口氏のファンになったという人にはもちろん、初めての山口作品という人にもおすすめできる一作。
非常に読みやすく、各話の完成度も見事。
若い感性をどこか懐かしく感じ、いつの間にか大人になったものだな、と感慨深くなる。若さは一瞬の煌めき。二度と戻れない眩しい光。読者に学生がいれば、本作に触れて「皆違って皆良い」を正しく理解し、青春をいつまでも輝き続ける素敵な思い出にしてもらいたい。大人の皆さんには、「エモい」とはこういうことか、と理解してもらえるはずだ。
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