「もう一度夢に向かってもがこうぜ」遅咲きを信じる三十路のラストチャンス
「――…あの。ちなみに今年 いくつですっけ?」「――…30ですね」「―――…ですよね。まっ 頑張ってください」。あからさまに鼻で笑っている同僚への挨拶もそこそこに、彼――高校時代の同級生からのあだ名は“ラスボス”――は、“これからどうするか”を告げつつ急な退職で職場を後にした。
見るからに「頑張れ」ではない同僚のツラは鼻についた。しかしもっと嫌なのは、彼がそんな表情を浮かべてしまうのも分からなくはない、と思う自分の内心だろうか。「プロゲーマー目指します」。ラスボスはこれから、三十路にして高校時代の夢を追い始めるのだ。
三十路にして思う、“10代から20代前半の感覚” ― 「希望」は往生際が悪い
「好きな小説は?」と聞かれると答えに悩むが、「好きな小説のあとがきは?」なら米澤穂信の『ボトルネック』(新潮社)という小説のそれを即答する。同作は苦い後味の青春SFミステリなのだが、文庫版のあとがきにある「完成当時は28歳で、10代後半に着想していたアイディアを、10代から20代前半の感覚が消えないうちに書いた」という裏話が好きなのだ。
米澤はこれを「20代の“葬送”」と表現するが、読み返すたびにハッとする。「10代から20代前半の感覚」は、はたして少しでも今の自分に残っているのか。やはり失われているのだろうか、と。
そんな、「10代から20代前半の感覚」を顧みてしまう作品が、このほどまた増えることになった。タバコ美人な先輩とチェリーな後輩を描く『シガレット&チェリー』(秋田書店)から注目していた、河上だいしろうが無料webマンガサイト「コミックトレイル」で連載中の新作『三十路病の唄』である。
三十路を迎えた高校時代の同級生6人組が、同窓会でのひょんな盛り上がりをきっかけに共同生活をスタート。瞼の裏を未だに騒がせる青い夢の遅咲きを信じて、各々がラストチャンスに臨む、という物語だ。
“大人の青春物語”を銘打つだけに、30歳から夢追い人となる登場人物たちを突き動かすのは、くすぶらせていた青臭い衝動ばかりではない。第1話、晴れて“プー太郎”になったラスボスが、あまりにも前向きな同居人のひとり・ミリオンを落ち着かせる「“若さ”っつーバフ失って 何か保険があるワケでもねぇ 希望だけ背負ってらんねぇだろ」という言葉は象徴的だ。
それを受けたミリオンは、「私も思うよ 趣味でいいじゃんって」と同調しつつ「往生際悪いよね。希望って」とも付け加える。“三十路なり”の夢の見かた、折り合いの付けかた、そしてそれらを踏まえたもがきかたを見せてくれるからこそ、彼らに共感してしまうのだ。
自分は天才ではなかった、天才にはなれなかった。……そのうえでどう夢を追う?
プロゲーマーを目指すラスボスとともに、シェアハウス「せんたく船」で夢を追う三十路の面々は、ミュージシャン志望に芸人志望、はては「楽して金持ち」志望までさまざま。第1巻ではラスボスを中心に、それぞれの“現在の夢への立ち位置”が30歳の苦い現実として描かれていくが、そのうえで彼らはどうするのか。
読むことで、心の中でくすぶり始めたような気がする「10代から20代前半の感覚」らしきものをひっそりと彼らに託しつつ、今後もその行く先を見守りたいと思ってしまう作品だ。