タイムカプセルみたいに甘酸っぱい記憶を運んできた『手紙物語』の「日雀」

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『手紙物語』(鳥野しの/祥伝社)

潔癖症の美少年の恋を綴った「苺とアネモネ」や視覚障害を持つ少年とお尋ね者の心の交流を描いた「日雀(ひがら)」など、“手紙”をモチーフにしたさまざまなジャンルの心震える物語が美麗なタッチの絵とともに展開される、鳥野しのによる5つの短編集『手紙物語』。メールやLINEが普及して以降、実生活では“手紙”のやりとりをする機会がめっきり減ってしまった今だからこそ、漫画や映画のなかに登場する“手紙”の意味が、以前とは違うものとして捉えられるような気がしてならない。

『手紙物語』に登場する5つの物語のなかで筆者の心に刺さったのは、冒頭でも触れた切なくも心温まる「日雀」と、稀代の人気作家が遺した最後の手紙を巡って繰り広げられるオークションを題材にした「シュレディンガーの恋人」だ。設定もジャンルも異なる2篇だが、どちらも心の片隅に残しておきたくなるような味わい深い珠玉の短編漫画である。

目次

お尋ね者の青年が孤独な視覚障害を持つ坊ちゃんについた「やさしい嘘」

昭和初期の日本を舞台にした「日雀」は、奉公人の女中と2人で暮らす、視覚障害を持つ少年・坊ちゃんのため、ある事情からお尋ね者となった心優しき青年・銀平が、手紙を使って健気な嘘をつくという物語。待てど暮らせど海外で暮らす父親から手紙の返信が届かず、肩を落とす坊ちゃんを見るに見かねた銀平は、偽の手紙をしたため“鳥の羽根”や“すべすべの石”とともに、「父親から届いた手紙だよ」と言って少年に手渡していた。その後、ある衝撃的な出来事がきっかけで離れ離れになった二人だが、大人になって角膜移植手術を受け視力を取り戻した“坊ちゃん”は、命の恩人とも言うべき存在である銀平と再会する。

海を越えて父から届いたはずの“南洋の鳥の羽根”は、実は単なるカラスの羽根で、“象牙海岸の波に洗われたすべすべの石”も、ラムネ瓶の欠片にすぎなかった――。

彼が受けたであろう衝撃は計り知れないが、父から届いた宝物の正体を悟った“坊ちゃん”は、「私の目にはもっとずっと尊く映ったのです」と銀平に感謝を告げるのだ。

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手紙の宛先を巡る謎解きの裏に隠された、驚きの真実とは……?

一方の「シュレディンガーの恋人」は、「親愛なるHへ」と書かれた手紙の宛名の“H”とは、いったい誰のことを指すものなのか、という謎解きに見せかけておきながら、そこにはさらに別の真実が隠されていた――という、実に巧妙な物語。こちらは内容を知らずに読んだ方が絶対に面白いので、あえて詳細には触れないでおく。

「日雀」を読んだ時に思い出したのは、恥ずかしながら筆者が浪人時代に友だちと互いに送り合っていた、カセットテープのことだった。当時夢中で聴いていたラジオ局J-WAVEの番組DJを気取って、好きな音楽を流しながら自身の近況をカセットテープに吹き込んでは、季節感が感じられる葉っぱを同封したり、包み紙に香水をちょっぴり浸み込ませたりして、往復書簡のように互いに郵送し合っていたのだ。

メールやLINEでは送れない“手紙”ならではの効能とは?

いまなら音声データもギガファイル便で瞬時に送れるが、葉っぱや匂いまではさすがにデジタルでは送れない。郵便ポストを何度も何度も確認してしまうあのドキドキ感は、メールやLINEアプリを開くときより強い気がするのは筆者だけではないはずだ。五感とまではいかずとも、見て、触って、聴いて、嗅いで、楽しめた。

『手紙物語』の「日雀」に登場する“鳥の羽根”や“石ころ”や“貝殻”が、自身の遠い記憶を呼び覚まし、まるでタイムカプセルみたいに甘酸っぱい気持ちまで運んできた。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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