宝石たちが美しく儚い物語で魅了する孤高の作品『宝石の国』

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『宝石の国』(市川春子/講談社)

他のどんな作品とも類似しない、宝石(鉱物)を擬人化した世界観が拡がる『宝石の国』。儚くも美しく、かつ残酷な一面も持ち合わせる多様性と、男女を問わず幅広い読者層に訴えかける価値観は、孤高の存在というべき作品でもあるわけで……。

目次

擬人化した宝石は人間の生まれ変わり!?

フォスフォフィライト、シンシャ、ダイヤモンド、ボルツ、モルガナイト、ゴーシェナイト、ルチル、ジェード、ユークレース、レッドベリル、アメシスト、アレキサンドライト……。いったい何の名称か、わかるでしょうか。鉱物(宝石)の名称だといわれても、ダイヤモンドやアメシスト以外は聞き覚えがない方も多いのでは。

実はこれ、『宝石の国』の登場人物(?)なのです。「人ではない」とも突っ込まれそうですが、本作の登場人物=“宝石が結晶化されたキャラクター”なわけで。

これらの宝石にはそれぞれ、鉱物としての特性があります。例えば主人公(ヒロイン)のフォスフォフィライトは、硬度が低く脆い上に用途が少ない(=不器用な)ため、「取柄がない落ちこぼれ」的な存在。ダメダメな主人公が物語とともに成長し、強くなっていく王道展開でもありますが。

ちなみに、全28体(種類)の“宝石”はすべて鉱物なので性別はありませんが、容姿や言葉遣いなどから、明確なキャラクターづけがされています。

そんなキャラクターたちは、学校とおぼしき“寄宿舎”に属し、教育を受けつつも日々何かと戦っています。

戦う敵は、月から襲来し、宝石を装飾品にしようと拐う(=破壊する)“月人”。いわゆる魔物から、球体や三角・四角錐に目や手足が付随したもの、顔がない人型など、様々な概念を形状化した存在です。TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の「使徒」を思い起こせば、イメージしやすいかもしれません。

遠い過去、かつて繁栄した生物(人間)は、何度も飛来した流星のため海中に沈み、無機物に。やがて長い時を経て人型に結晶化し、陸上に戻ってきたのが宝石たち。月人との戦いは宿命なのか、自分たちは何のために存在するのか、さまざまな謎を秘めたまま物語は進んでいきます。

著:市川春子
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読み手の固定観念や感情を崩壊させる物語

キャラクターは、宝石らしく美しい輝きを放ちます。儚さや脆さも同居した存在は、流麗・優麗・優美・風雅・崇高といった言葉が似合うほど上品で、かつ気高いもの。そう感じ始めた時点で、読み手の固定観念は既に崩壊し始めているのですが……。

さらに圧倒されるのは、戦闘シーンで当たり前に描かれる、頭や顔、身体や手足がスッパリと切断されてしまう絵柄。無機物の宝石や、得体のしれない月人なので、血肉が飛び散るスプラッター的描写にはなりません。切れた断面はキレイで血も流れず、不思議なほど淡々と四肢切断シーンを眺めることに……。

切断された身体は、欠損した欠片を繋ぎ合わせることで復活したりもします(欠損度によって限界も)。別鉱物と共生しやすい特性を持つフォスフォフィライトなどは、色も見た目も異なる別鉱物を繋ぎ合わせ、身体が継ぎ接ぎ状に……。欠損する毎に記憶の一部を失う、副作用的な事象も発生します。

主人公・フォスフォフィライトの外見や未熟だった精神面が成長することで、物語にも進捗がもたらされるわけですが……それはまだ先の話。他作品とは一線を画する様々な違和感に、読み手は絶えず葛藤し続けなければなりません。

月人の襲撃でひとり欠け、ふたり欠け……28人の宝石たちは、少しずつ減っていきます。キャラクターたちが織りなす私生活や、垣間見せてくれる個性の温もりに浸ったかと思えば、その存在が無と化す残酷な結末を目の当たりに……。休む間もなく感情を揺さぶり続けられる展開は、ついていくだけでも大変でしょう。

妄想を具現化した絵画のように繊細な作風

妄想を形にする市川春子作品ならではの作風は、それぞれのキャラクターにも見受けられます。物語の端々で描かれる断片を繋ぎ合わせながら、読み手がイメージを膨らませていくスタイルは、計算され尽くした手法だとも。

いっぽうで、ステップが歯車的に噛み合わなければ、訳がわからなくなってしまいます。難解な物語だけに敷居は高く、当初は修行のような読後感を抱かれるかも?

が、そこには、ハマる人はとことんハマる、濃厚な中毒性も秘められているわけで。物語が一気に動き始め、折々のコミカルさに「クスッ」と笑う余裕も出てくるコミック7~8巻あたりからは、劇的に印象が変わるはず。そこまで読み続けられたなら、勝利は間近です(笑)。

作者にとって初の長期連載なこともあってか、連載初期とその後では、作画や描写にも変化が見られます。繊細で絵画のようなタッチは変わりませんが、やや粗削りさも感じさせた味わいから、より流麗で美しい世界観へ。個人的には、変わり始めたタッチのほうが“宝石の国”イメージに近いのでは? とも思ったり。

本作は2012年から続く長編ですが、長期休載もあり、連載を再開した2022年からが新たなステップと考えられるでしょう。新規で読み始めるには良いタイミングなので、頭を痛めながら挑まれてはいかがですか?

著:市川春子
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この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

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