以前紹介した『スケッチ―』(講談社)の作者・マキヒロチの最新作(原案はWEBメディア「おひとりさま。」を運営する“まろ”)『おひとりさまホテル』が、2023年1月新潮社から刊行された。幼い頃からのホテル好きが高じて、設計事務所で企画・PRを担当するアラサー女子の塩川史香が、月に一度、泊まってみたかったホテルに自腹で泊まり、おひとりさまステイを満喫する様子が描かれる本作。旅の魅力を紹介するWEBサイトで実際におひとりさまのホテルステイレポも担当している筆者の視点で、本作の魅力を紹介したい。
月1どころか“週5日ホテル暮らし”のつわものたちが披露する、ホテルステイの醍醐味
仕事柄、沖縄のリゾートホテルに滞在してホテルが実践するサステナブルな取り組みをレポートしたり、新作映画のプロモーションで来日したスター俳優や監督を高級ホテルのスイートルームで取材したりすることもある筆者。自分のお金では絶対に泊まれないであろう部屋にも出入りできるのはライターの特権でもあるが、この『おひとりさまホテル』を読んでいると、「たとえ背伸びしてでも気になるホテルには自腹で泊まってみることで、初めて見えてくることがあるのかもしれない」と思う瞬間があった。「身分不相応の部屋に泊まらせてもらっている、という引け目を感じることなく、自力で憧れのホテルに泊まれるようになりたい」という、仕事を頑張る上でのモチベーションになるような気がしたからだ。
本作の主人公の塩川史香(31歳)は、友人の家に家賃3万円で居候しながら、月に1度、全国各地の憧れのホテルに宿泊するのを生きがいとしている。職場の同僚たちも負けず劣らずのホテルマニアで、なかでも中島若葉(28歳)にいたっては、月1どころか週5日もホテルを泊まり歩き、宿泊費が高い土日だけキャリーバッグを引いて実家に帰る生活を続けるつわものだ。誰にも気兼ねしたり邪魔されたりすることなく、自分の好きなときに好きなことをして、全ての空間を独り占めできる贅沢は、ほかの何物にも代えがたいのだという。
史香が訪れるのは、一度解体されてリニューアルした老舗の「ホテルオークラ東京」(The Okura Tokyo)や、「北総の小江戸」と呼ばれる千葉県佐原にある「佐原商家町ホテルNIPPONIA」。一方、若葉のお気に入りは、東京都・日本橋兜町の「K5」という複合施設内にある都心のスタイリッシュなホテル。
コミックエッセイとは違い、あくまでもストーリーの一環として登場人物たちの視点でそれぞれのホテルの内装やアメニティ、食事内容やサウナなどの施設も詳しく紹介されているため、あたかも自分自身もそのホテルに泊まっているかのような疑似体験ができるのだ。
疑似体験に留まらず、「白井屋ホテル」では漫画の世界をリアルに体験できるコラボ企画も
なかでも印象的だったのは、アート好きの同僚・森島賢人(30)が、パートナーとの交際5周年のお祝いで予約したにもかわらず、親戚の不幸でドタキャンされてしまったために急遽おひとりさまステイすることになる、群馬の「白井屋ホテル」のパートだった。「白井屋ホテル」とは、群馬県前橋市出身でアイウェアブランド「JINS」の代表を務める田中仁氏が、2008年に廃業した300年以上の歴史ある旧ホテルを個人で買い取り、建築家の藤本壮介氏らによる設計で大幅にリノベーションし、2020年末に開業した話題のホテル。田中氏が収集した世界各国の現代アート作品が館内の至るところに飾られており、まさに建築とアートが一体となった空間であることが本書からも伝ってくる。イギリス・ロンドン出身のプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソンが手がけた特別ルームやベッドサウナなど、詳しい紹介は本書に譲るが、読んだら絶対に足を運んでみたくなること請け合いだ。
登場人物の名前の後ろに年齢が入っていることからもうかがえるように、気ままなおひとりさまステイは、働く独身者だからこそ楽しめる“贅沢”であるのは間違いない。だが、彼らも理想とする生き方を貫くために妥協することもたくさんあるし、ままならない日常の中でさまざまな悩みを抱えてもいる。当然ながら、一時のホテルステイがすべてを解決してくれるわけではないが、日常と切り離れた場所に身を置くことで、リセットできることもある。
さすがに週に5日や月に1度のホテルステイは非現実的だとしても「こんな生活がしてみたい」と本書を読みながら妄想するだけでもワクワクするし、「いつか自分も実現できるように頑張ろう」と励まされた。ちなみに「白井屋ホテル」では、本書の発売を記念したコラボ企画も実施中とのことで、漫画のなかで森島が体験したおひとりさまステイプランが、期間限定で格安販売されている(2023年3月末までの予定)。漫画の世界がより一層深く味わえるという意味でも、筆者も実際におひとりさまで予約したくなってしまった。