「生きてて価値がありそうに見えるか?」――“クソ”な人生に舞い降りた「天使」
趣味なし、友人なし、恋人なし。生きる価値、なし――。ろくでもない過去を持つ幸紀は、「ここしか受からなかった」コンビニのバイト店員として“クソ”のような毎日を送っている。そんな彼はある日、くだらない理由から因縁を付けてきたチンピラと揉めた際に脇腹を刺され、瀕死に陥ってしまった。意識が遠のく中、幸紀は真っ白な美しい羽を持つ少年……「天使」と思しき存在を見る。彼はそれを死に際の“お迎え”と受け止め、意識を手放す。
……が、驚異的な回復を見せた幸紀は、なんと一命を取り留める。とても払えない入院費を抱え、バイトもクビになった身で帰宅すると、そこにはあの時の「天使」がいた。聞くと「天使」は記憶を失っており、飛べないため行くあてもないという。こうして幸紀は、“そばにいる人が心身とも健やかであれば羽も回復する”という「天使」が飛べるようになるまで、狭く汚いワンルームにふてぶてしい同居人を置く奇妙な生活を始めることになった。
「ドラマシャワー」枠で実写化!“BL界の鬼才”による「最も優しい物語」
MBSの「ドラマシャワー」枠をご存知だろうか。マンガや小説原作の作品を中心に、ボーイズラブ(BL)ジャンルの実写ドラマを放送している深夜ドラマ枠だ。そんな「ドラマシャワー」枠、2023年秋は同名BLマンガが原作の『ワンルームエンジェル』を放送中。恥ずかしながらBLジャンルのアンテナは心もとない筆者だが、宝島社によるマンガランキング「このマンガがすごい!2020」オンナ編にランクインしたそのタイトルには覚えがあった。ドラマきっかけで遅ればせながら手に取った原作、評判に違わぬ良さであったため取り上げる。
著者のはらだは「BL界の鬼才」なる異名を持つ。出世作となった『やたもも』(竹書房)をはじめ、その作風はストーリー、BL描写とも往々にして刺激強めなのだが、その中において本作には誰しもを受け止められるような柔らかさがあり、温かみがある。BL描写を“効かせる”ストーリーでもないため(主要人物となる幸紀と「天使」の直接的な触れ合いは、微笑ましい内容に留まる)、ぜひ「BL」という看板に先入観を持たずに読み始めてほしい。
物語は先のとおり、奇妙な同棲生活を始めることになった幸紀と「天使」の日常におけるやり取りを中心に進んでいく。そこで鍵を握るのは「人生、クソ」と自嘲する現在に至っている幸紀の「ろくでもない過去」と、記憶を失った天使の「思い出せない過去」となる。
幸紀は、繊細で“そばにいる人間の感情の変化をモロにくらう”という「天使」と感情を共有することになるが、それが「過去」を乗り越え、ヤカラ男でしかなかったこれまでの自分から変化していくきっかけとなる。一方の「天使」も、物語の途中で辛い「過去」が明らかになっても、そばにいてくれるそんな幸紀の存在こそが心の支えとなっていくのだ。
“感情”を描くBLの神髄を見る……彼らの関係をなんと名付けるかは自分自身
BLマンガは身体的接触の描写も効かせつつ、あくまでも「登場人物同士の“感情”を描く」ことに重きを置くジャンルだと捉えている。露骨な性的描写もなしに、ここまで濃い“感情”を感じさせる本作。普段なかなか手に取らない、ジャンルの神髄を垣間見た気がする。
単巻で完結する作品であること、そして何より幸紀と「天使」の触れ合いから生まれる“感情”を自分で感じ取るべき作品であることから、物語は深掘りしない紹介に留めた。ジャンルとしてもはや確立した感のある「BL」。初心者も「まずはこれ」と手に取ってほしい。
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