何もない女の子に“何か”を与えてくれた『スーパーカブ』

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スーパーカブ
『スーパーカブ』(蟹丹 著、トネ・コーケン 原作、博 キャラクター原案/KADOKAWA)

両親も、友達も、趣味もない。自分には、何もない。“ないない”の女の子。

そう思い込んでいた少女の人生が、高校2年の夏、スーパーカブという小さなバイクと出会ったことで少しずつ変わり始め……。

2021年春からアニメ版のオンエアもスタートした『スーパーカブ』は、そんな少女・小熊の目線を通した青春群像劇……というよりは、人々の生き様を描き出す、人生訓ともいえそうな物語(ここでは、同名原作小説/ライトノベルのコミカライズ版を取り上げます)。

目次

スーパーカブとは……ストイックな感性を刺激する何か

主人公(ヒロイン)の小熊は、生まれてすぐに事故で父親を亡くし、高校生になるまで育ててくれた母親が失踪してしまった、独りぼっちの女の子。奨学金をもらいながら山梨県の片田舎で高校に通い、同年代の女子高生ライフとはかけ離れた、質素な生活を送っていた。

クラスには親しい友達もおらず、部活にも属さず、趣味らしい趣味もない。ただ、もともとクールな性格らしく、そんな日々が辛いとは思っていないらしい。むしろ、他人から余計な干渉を受けない分、生きやすいと思っているフシもある。

毎日のお昼(お弁当)は、家で炊いたご飯とスーパーの安売りで買い込んだレトルト食材。それを貧相や質素とは思わないところも、小熊らしい人生観だったりする。最低限の栄養は摂取できるし、何より合理的でいいと。

見る人が見れば、(今どきのJKとしては)ちょっと異様なほどストイックな女の子。この感性が、スーパーカブとも不思議にマッチするわけで。

ここで改めてタイトルにもなっているスーパーカブについて補足を。スーパーカブとは、本田技研工業が1950年代から製造販売しているオートバイの商標。燃費の良さと、取り回し易さから世界中で愛用されており、累計の生産台数は1億台をゆうに超えている究極の大衆車だ。そば屋の出前から、郵便局の配送まで官民問わずあちこちの道路で大活躍している姿を見る事ができる。

本来はバリバリの実用車。なので、スーパーカブにわざわざ趣味で乗っているような人間は、そもそもがまともじゃない(苦笑)。どこかひねくれているか、ストイックな生き様に自己陶酔しやすいか、「フッ、俺は違うんだぜ」と自己満足の世界に浸るか、まぁそんなところだ。何を隠そう、筆者もその一人なのだから間違いない(大苦笑)。

スーパーカブ好きにとって小熊は、「なんだこいつ、わかってるじゃないか」と、なぜだか目が離せなくなる存在。この、おかしな人たちと付かず離れずなバランス感覚を保ったまま物語を進行できるのは、作者も筆者と同類だからなのだろうか。

著:蟹丹, その他:トネ・コーケン, その他:博
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スーパーカブとは……何も得られない“こんな物”?

そんな小熊が、なぜスーパーカブに乗り始めたのか。答は単純で、「安かったから」。

自転車通学途中の登り坂に苦労していた小熊は、バイクなら……と考える。でも、奨学金で質素な生活を送り、バイトもしていない小熊に買えるバイクは、中古のスーパーカブだけだった。

怪しげな地方のバイク店で、初めてスーパーカブを目にした小熊が抱いた感想は……。

「こんな物に乗っても、何も得られない」

今や大ブームで生産が追い付かず、契約しても納車が半年後というスーパーカブだけに、世のカブ主(スーパーカブに乗るスーパーカブが大好きな変人たち)を敵に回すような感想かも?

でも、小熊はスーパーカブを購入する。あのキツい坂道から解放されるなら悪くないと、いかにも彼女らしい合理的な思考から。

スーパーカブに乗り始めた小熊は、いわゆるライディングギアも少しずつ揃えていく。ヘルメットは欧米で超高級ブランド化しているアライ(日本製)、後に入手する冬物ジャケットはスノボ用の有名ブランド品、グローブはキャンプ&アウトドアの名品グリップスワニーなど、実はとんでもなく“いいモノ”ばかり。

奨学金暮らしの女子高生が買える代物ではないのだけれど、なぜかタダでもらえたり、中古品を格安でゲットできたりと、幸運続きのお話なわけで(笑)。

スーパーカブの中でも激レアな郵政カブMD90、ハンターカブCT110を駆る小熊の同級生・礼子は、ミリタリーマニアらしく米軍フライトジャケットを華麗に着こなす。やはり同級生で、イギリスの小径自転車アレックス・モールトンからリトルカブに乗り換えた椎は、L.L.Beanの製品がお気に入り。

お前ら本当にJKか!? などとツッコミたくなるほど、本作品ではマニアックなブランド製品が次々と登場する。それもまた、独特な世界観を構築する要素=面白味。もっといえば、マニアックなブランドとスーパーカブが並列・同等に扱われることで、物好き&好事家の心が揺さぶられるのだと。

スーパーカブとは……いい(=変な)趣味?

カブ仲間となる礼子は、東京の裕福な家庭で育った令嬢。親の別荘で、趣味のカブ三昧な一人暮らし(=放蕩生活)を送る超美形&スタイル抜群な女子高生……。

もうひとりの椎の実家は、ドイツとアメリカ好きな両親が営むカフェ。彼女自身も海外老舗ブランドや伝統工芸品に造詣が深く、アブラッシブ・ウールのカーディガンを小熊にプレゼントし、その価値がわかる礼子の目を丸くさせている……。

だからさー、あり得ないでしょ。そんな女子高生、いないってば(苦笑)。

小熊も含め、彼女たちの(どこか日本離れした)ライフスタイルには、古き良き60〜80年代アメリカ映画の世界観も見え隠れする。このコのこうした思考は、あの映画がモチーフなのかな……などと想いを巡らせても面白い?

友人などいなかった小熊は、スーパーカブに乗り始めたことで、そうした奇妙な仲間たちとの時間を共有していく。

何もなかった彼女の人生を豊かにしてくれた、スーパーカブの不思議な魅力とは。かけ離れた環境で育った彼女たちが魅せる、生き生きとした姿にこそ、実用車スーパーカブの特異な趣味性が反映されているのかもしれない。

    *    *    *    *

それは小さな、とても小さな変化の繰り返しなのだけれど、なぜか麻薬的な、中毒性に満ちた日々。スーパーカブに乗り始め、「女子高生にしては、いい(=変な)趣味をしているね」などと声をかけられる機会が増えた小熊は、こう思う。

「私もそうかな」

ここでいう“趣味”なんて、何かを語りやすくするため、他人が便利な言葉に置き換えただけのもの。それを冷静に分析した上で、「私もそうかな」と考える小熊って……ちょっと素敵だよね。

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この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

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