最後の一コマで描かれていない登場人物の人生が自動再生される『式の前日』

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式の前日
『式の前日』 (穂積/小学館)

漫画家・穂積による『式の前日』は、結婚式を翌日に控えた男女のやりとりを繊細に綴った表題作をはじめ、訳アリの父と娘や、傍観者である猫と飼い主など、さまざまな組み合わせの「二人組」を切り取った、6つの短編から成るオムニバス作品集。2013年度の「このマンガがすごい! オンナ編」で第2位に輝き、SNSなどの口コミで評判が広がった話題作だ。最後の最後で「そういうことか!」とハッとさせられ、もう一度読み返さずにはいられなくなる本作の魅力を紹介したい。

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決して「どんでん返し」だけがすべてじゃない普遍的な面白さ

最後に「どんでん返し」のある作品は、もはや人気ジャンルの一つとして定着している。読者の予想を裏切るテクニックがより鮮やかであればあるほど、「あれってそういう意味だったの?」という驚きとカタルシスを味わえるだけでなく、全く異なる視点からもう一度その作品を楽しむことができるからだ。その反面、からくりを知ってしまうと「どんでん返しがない」平坦な物語よりも刺激が強い分、より早く消費されてしまうという恐れもある。

だが『式の前日』に関して言えばその心配は無用だろう。なかでも巻頭に収録された「式の前日」と、2編目の「あずさ2号で再会」。そして「式の前日」の2年後を描いた「それから」の3編は、いつ何時読み返しても、決して色あせることのない魅力に満ち溢れている。

何気ない会話の断片から想起される男女の関係とは……?

「式の前日」は、結婚式を翌日に控えた快活な女と、後に「社会人3年目」であると明かされる男との何気ない会話のやりとりで構成される。ウエディングドレスを試着しながら「あっちのが二の腕細く見えた気がする」「寸胴に見えない?」と気にする女に対し、かったるそうに「かわんねーよ」と返す男。女は「ちゃんとキレー?」と念押しするも男は目をそらし、女は男にパンチをお見舞いする。

その夜、居間に布団を並べて敷き、「手つないで寝てい?」「……いーよ」「今日はずいぶん素直なのねえ」「……だって泣いてんじゃん?」「泣くとブスになるよ明日」「……うっさいバカ」といったやりとりから、“長すぎた春”に終止符を打つ腐れ縁のカップルあるいは、何らかの事情で結ばれなかった初恋の相手だったりして……? と、限られた情報から妄想をかきたてられるのだ。

筆者はネタバレすることで作品の価値が失われるとは思わないタイプだが、「どんでん返しがある」という触れ込みだけでも「作者の意図を損なっている」と考える人がいることも重々承知している。なのでここではあえて結末を語るのは控えるが、最後のページの女の横顔と男の背中のカットだけで、この二人がこれまでどんな人生を過ごしてきたのかが頭の中で自動再生されるほど、その作品世界に引き込まれてしまった。気になった人は、「それから」と「あずさ2号で再会」の2編は、ぜひまっさらな状態で読んでみてほしい。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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