※ネタバレ有り
思いがけず“同好の士”を見つけた時の驚きと喜びがまざまざと甦る
高校2年の頃、「この学校で聴いているのはきっと自分だけだろう」と思いこんでいた深夜のラジオ番組を、それまで一度も話したことがなかった隣のクラスの男子も、実は毎週聴いているらしい……と知ったとき、「いったいどんな人なんだろう?」と興味が湧いて、昼休みに教室をのぞきにいったことがある。当時パソコンはまだ普及しておらず、夜な夜なFAXでコメントを書いては番組宛に送り付けていた筆者にとって、同じ趣味・趣向を持つ同士を見つけた時の驚きと喜びの感情は、数十年経ったいまでも色鮮やかに記憶されている。
だから田島列島の長篇デビュー作『子供はわかってあげない』を読んだ時、「魔法左官少女バッファローKOTEKO」という(架空の)アニメが大好きな水泳部員のサクタさんが、ある日、学校の屋上でKOTEKOの絵を筆で描いていた書道部のもじくんを発見し、「KOTEKO」の話題だけで一気に距離を縮めていく様子に、心を奪われずにはいられなかった。
“上白石萌歌×細田佳央太×沖田修一監督”で実写化した映画も現在公開中
「水泳×書道×アニオタ×新興宗教×超能力×父探し×夏休み=青春(?)」をキーワードに、高校2年生のサクタさんともじくんのひと夏の冒険が、ホンワカとしたタッチで瑞々しく綴られた本作。「モーニング(講談社)」で連載されるや大反響を呼び、「マンガ大賞2015」では2位にランクインしたばかりか、今年8月には『南極料理人』や『横道世之介』などで知られる沖田修一が監督した実写映画も公開された。
映画では、ドラマ「3年A組」や「いだてん」などで話題の女優・上白石萌歌が主人公のサクタさんをショートカット&真っ黒に日焼けして演じ、「ドラゴン桜」で昆虫好きな高校生を演じて一躍話題となった細田佳央太がもじくんに扮するほか、豊川悦司や千葉雄大、斉藤由貴といった個性豊かな役者陣が、なんとも絶妙な配役で脇を固めている。しかも、映画の冒頭には、原作漫画には登場しない「魔法左官少女バッファローKOTEKO」のアニメーションがしばらく流れ、思わず「映写事故では……?」と不安になってしまうほど。だが、この真面目に思い切り遊ぶ感じが『子供はわかってあげない』の世界観と見事にマッチしている。
王道を鮮やかに裏切り、思わぬ方向へサクサク転がっていく心地よさ
再婚した母が築いた新たな家族で平和に暮らしていたサクタさんが、ある年の誕生日に届いた筆書きの謎の御札に導かれ、もじくんの兄で自称探偵(実は便利屋)の明大とともに、新興宗教の教祖をしていた実の父親の居場所を探し当てる。家族には「部活の夏合宿に参加している」と嘘をつき、父の暮らす海辺の街で近所の子どもに泳ぎを教えたりしながら過ごしていたところ、なかなか戻ってこないサクタさんを心配したもじくんが迎えに来て……というのが大まかなストーリー。思わぬ方向にサクサクと話が転がって行くのが心地いい。
長らく会っていなかった実の父との感動的な再会や、育ての親と弟に対する複雑な思いから生じる反抗、といった分かりやすい展開を期待するといさかか肩透かしを食らうが、複雑な家庭環境にも関わらず、愛されてのびのび育ったサクタさんだからこそ、それまで知らなかった異世界との関わりによって自分の気持ちと正直に向き合い、新たな人生に一歩足を踏み入れていく。ギスギスした日常に心がささくれ立った時、手を伸ばしたくなる一冊だ。