年の差や関係性を越えて人間対人間として向き合う異色の3人
『ズッコケ三人組』や『キャッツ・アイ』の3姉妹など、トリオが活躍する漫画やアニメは沢山あるが、『愛を見せろ』の3人の組み合わせはなかなか新鮮だ。父親に捨てられ、シングルマザーの母と暮らす女子中学生・七海と、妻に逃げられ息子と別居中の教師・長川。そして母の愛人から虐待を受けている長川の息子・けんた――。年の差はあれど、共に傷だらけの3人がひょんなことからおんぼろのアパートで出会い、過酷な現実から目をそらさずに、彼らなりの“愛の見せ方”を探していくほろ苦い物語。
素行が悪く問題児扱いされている七海と、産休の教師代理としてやってきた愛想のない長川は、まるで生徒と教師の関係には見えず、あくまでも対等な立場として描かれているのが興味深い。そしてそれはまだ小学生である、けんたとの関係においても言えること。生徒と教師、父と息子、そして中学生と小学生である前に、ひとりの人間対人間して描かれるのだ。
そもそも七海が母親と引っ越してきたアパートにたまたま異性の臨時教師が住んでいただけのことではあるのだが、傍から見たら何かと悪いうわさが立ちかねない。だがそこに長川の別居中の息子けんたが押しかけてきて、七海がシッター役を買って出たことから、この凸凹トリオがむき出しの感情や言葉によって互いに影響を与え合い、にわかに変化していく。
たとえ愛されずに育っても誰かを愛せる人にはなれる
ホンワカしたタッチの絵柄だが、1巻完結だけに無駄がなく、冒頭から心をえぐるようなセリフが繰り出される。家庭環境を理由に学校でいじめを受けるけんたに七海がかける、ぶっきらぼうながらも愛ある言葉の数々が胸に刺さる。特に印象的なのは
「強くなんなきゃダメなんだよ。母親が強くないなら、アンタが強くなって支えてやんな。何もイジメっ子を撃退するためだけじゃない。今は自分を守るためでもさ、いずれ誰かを守んなきゃいけない時がくるかもしれないじゃん」
という七海の言葉だ。
ページを読み進めるうちに、けんたの置かれた状況の予想以上の悲惨さとともに、彼が幼いながらも七海の言葉を支えにしながら懸命に闘う様子が目に飛び込んできて、その健気な様子に胸が熱くなる。一方
「あたしは自分の運命を受け入れてんだよ」
と強がる七海に、長川は
「認めろ。お前は人生を捨てきれてねぇんだよ。行動しないうちは負け犬だ。俺みたいなクソったれた人生が待ってるぞ」
と吐き捨て、逆に七海はそんな腐りきった日々を送る長川に
「もっと足掻いてみせてよ!」
「うちらに愛を見せてよ!」
とけしかけるのだ。
父親の愛を受けずに育った七海が、同じ境遇にあるけんたに
「うちらはパパから愛されてなかったんだよ」
と告げ、それを知った長川から
「けんたはお前とは違う」
と言い返されたときに
「…は? じゃあ、愛してんの? 実際こどもに伝わってないよ」
と啖呵を切るシーンの気迫が、この作品を貫く一つのテーマであることは間違いない。だが、たとえ親に愛されていなくとも、それをみずからの運命と受け入れる必要はないし、ほかの誰かを愛することはできる、ということをこの漫画は教えてくれる。七海の言うように、強くなるのは決して自分のためだけじゃなく、いつか「守りたい」と感じた誰かが現れたときに、その大切な誰かを守れるようになるためでもあるのだから――。