「なぜあの人が?」事件関係者が口にする言葉と向き合う、「なぜ」を軸にした物語は先読み不能で刺激的――『君が獣になる前に』

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君が獣になる前に
『君が獣になる前に』(さの隆/講談社)
目次

事件報道などの取材でよく耳にするあの言葉の“裏”には何が……?

マンガに限らず、小説や映画などあらゆるエンターテインメント作品において、時間や事件を扱ったものは数多くある。単独もあれば複合されたものもあり、ベースは共通ながらその後の展開はある種、“無限”の広がりを見せていく。

時間というものは原則、誰にも“平等”で、あらがうことができないもの。そして日常では、大なり小なり、自分事・他人事関わらず、何かしらの事件は起きている。そう、時間も事件も人生とは切っても切り離せない関係であり、意識していようがいなかろうが、思っている以上に身近な存在なのだ。そういった題材を扱った作品は不思議と心引かれてしまうものだが、今作もまた時間や事件を軸にキャラクターたちの生き様を描いていく作風となっている。

日本犯罪史上最悪の毒ガステロ事件を起こした実行犯は25歳の若手女優。そして彼女自身も事件により命を落としてしまうが、どうして彼女は事件を起こしたのだろうか。現実でニュースを見ているとき、目や耳を覆いたくなるような事件報道で取材を受けている容疑者や犯人を知る人々から、「なぜあの人が?」という言葉が出ることはしばしば。本当のところは当事者にしかわかり得ないのだろうが、その「なぜあの人が?」にスポットを当てたストーリーが心の奥をざわつかせてくる。

著:さの隆
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犯人をよく知る人物目線で、事件を起こした動機を探る構成が光る

主人公・神崎一は、久々に幼なじみの若手女優・希堂琴音と再会。共に過ごした後、別れ際に「私を止められたのはお兄ぃ……あなただけだったのに」という意味深な言葉を投げかけられるのだが、直後、凄惨な毒ガステロ事件が発生。警察に呼ばれた神崎は、琴音が事件を起こしている映像を見せられる。

本作の幕開けは、まさにドラマティックで緊迫感に包まれている。読者である我々もまた、神崎と琴音が楽しそうに過ごしている瞬間を共に“体験”しているため、思わず「なぜあの人が?」と口にしてしまいたくなる。構成、見せ方ともに作者の思惑にまんまとはめられてしまうのだが、その何とも言えない妙が心地よくも作品として痛快だ。

紆余曲折を経て神崎は琴音のことを信じ事件の真相を調べ始める……と書くと、真犯人は別にいて主人公が突き止めていく物語を想像してしまうが、読み手側も“目撃”した通り、犯人は琴音であることはよほどの大技が繰り出されない限りは、“確定”しているはず。そうなると物語としては、「なぜ」事件を起こしたかが中心に。しかも琴音のことをよく知る神崎目線で語られ、探っていく構成はミステリー要素も色濃く、考察好きな読み手の心をいい感じにくすぐってくれる。

ミステリー要素と人間ドラマの化学反応が色濃い物語を醸成

さらに本作はそんなミステリー要素にタイムリープを掛け合わせてくる。事件発生日よりも前の時間に戻った神崎は、琴音の行動を止めるべく動き出すのだが、タイムリープのきっかけになった死もそうであったように、事件を調べれば調べるほど身に危険が迫り、さらに次第に記憶とは異なる事件も発生し……と、意味深なセリフや表情、描写が渦巻く中、読み手の意識をこれでもかと刺激してくる。

大前提として琴音は毒ガス事件の犯人で、凶悪な事件を起こした真意は何だったのかという疑問がある。それを解明すべく、さまざまな人々と交流したりタイムリープした先で琴音と行動を共にしたりすることで、神崎はそれまでは知らなかった彼女の一面を次々と目の当たりにしていくことになる。濃厚な人間ドラマが本作の極上のスパイスとなっているのだ。

本作のストーリーは“裏”を読もうとすれば、どこまでも読めてしまうのも興味深い。彼女が何を考え、何を求めていたのか。そして神崎は琴音の“運命”を変えることができるのか。結末はいまだ見当は付かないが、待ち受けている“真実”を強烈に知りたいと思うパワーある一作だ。

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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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