“前代未聞”のクラフト・ファンタジーとは?
皆さんは吸血鬼というものに、どのようなイメージを持っているだろうか。エンタメ作品においては、恐怖の対象としてだけでなく、時に勇敢、時にキュートに……といった具合で、実にさまざまな描き方が存在する。
あるものとあるものをかけ合わせることで、今まで見たことがなかったような新たなジャンルを生み出すことがマンガ作品の手法のひとつとしてあるが、今作がまさにそれ。吸血鬼に伝統工芸を組み合わせるという異色ぶりが際立っているのだ。
実際に読み始めるまではどのような仕掛けなのだろうと思っていたが、物語は「摂血種(せっけつしゅ)」と呼ばれる特異体質を持つ人(※作品内では「昔で言う『吸血鬼』」にあたるとされている)が存在する世界。摂血種は、相手の血を飲むことでその人の記憶を受け継ぐ能力がある。そこで記憶や技術を残すための吸血(※そのための吸血行為をするには特別な許可が必要)を行使する「記憶伝承士」が活躍、という設定が面白い。
伝統と人生の終わり方、折り重なって見えるテイストが心をわしづかみ
主人公は摂血種の判定を受けた17歳の女子高生・小川るる(通称ルル)。彼女が出会うのが250歳を越えているという記憶伝承士、エドゥアルト・シュヴェツ(通称エド)で、彼の専門が工芸なのだ。ちなみに、摂血種の主な症状は不老性、味覚障害などのほか、身体年齢が20代前後で固定されること。エドの見た目も若々しいのだが、そのあたりの年齢描写に関してユーモラスに描かれているのも悪くない。
ここまでの説明だけでは良いことずくめに思えるかも知れないが、記憶を伝承するための吸血行為ではまとまった量の血液、すなわち致死量の血液が必要となる。ルルが思わず「殺しに行くってことですか」と口にしてしまうように、伝承が命懸けで行われるところが本作のキーポイントのひとつにもなっていると言える。
とはいえ、引き継ぐ人がいない伝統工芸を絶やしてしまってもいいのだろうか。最初に記憶の伝承を依頼してきた人物が、「一度失ったら簡単に取り戻せるものじゃない」「……まだ絶やせないよ」とつぶやくようなセリフが真に迫っている。伝統としては正しいことなのかもしれないが、読者の多くもそう感じる可能性があるのと同じく、ルルもまた命と“引き換え”に見える行為に疑問を抱く描写がリアルだ。
依頼人がルルに対して伝統や文化の成り立ちや大切さを説いていくくだりは、何とも言えない味わいがあり、いろいろと考えさせられてしまう。
設定&キャラクターの妙がエピソードに深みを
本作は、ファンタジー要素で装飾を施しているものの、そこに継承問題がフィーチャーされることの多い伝統工芸と、自分の生き様や死に際を自身で決めて貫きたいという尊厳に関する現実的な要素も加わり、切なくも美しいストーリーで魅了する。
第1話終盤、エドの“為事(しごと)”を目の当たりにしてきたルルは、彼女自身も「知りたい」と願い、何かを見つけるための長い旅に出発することになる。各エピソードに登場する人々の想いもさることながら、知っているようで詳細はあまり知らない日本文化にまつわる描写もGood。丁寧で深みのある展開が染み入るような感覚は読んでいて心地いい。
記憶伝承を行うには、技術・記憶を持つ人間が必ず亡くなること、そして伝承するための申請や許可が必要なこと。この2点が不可欠で、むやみやたらに継承行為を行ってはいけない前提になっている。今のところルールに従ってストーリーは進行しているのだが、伝統と人生に重きを置いた作風に、このルールが何かしらの影響を与えるケースは出てくるのだろうか。洗練されていながら温かみあるタッチの中、ルルとエドの旅の今後に期待が膨らむ。